第275話 おじさん神の愛し子たる力を発揮してしまう


 トリスメギストスが考える腹案。

 それは女神の権能を使うことである。

 我が主おじさんならばできる。

 

 否、むしろおじさんにしかできないことだ。

 愛し子とは、地上における女神の代行者でもあるのだから。

 

 だが、そこまでしてもいいのだろうかと不安がよぎる。

 進言すれば、たやすくおじさんは実現してしまうだろう。

 では実現した後の影響はどうだ?

 

 明らかに人の範疇を超えた力を見せることは正解なのか。

 その判断がトリスメギストスにはつかない。

 

 いかに魔法がある世界といえど、非現実的な現象を起こすのだ。

 どんなハレーションが起きてもおかしくないだろう。

 

 おじさんの家族は問題ない。

 内心では思うところはあっても、居場所であり続けてくれるだろう。

 そう確信できるものが、トリスメギストスにはあった。

 

 問題となるのは、おじさんと近しくない人間である。

 そうした人間たちから、恐怖を抱かれるのではないか。

 

 トリスメギストスが懸念するのは、そこなのだ。

 迫りくる魔物を倒すのなら、賞賛をもって受けいれてもらえる。

 しかし、大穴を埋めるという作業で非常識なことをすれば?

 

 それも賞賛をもって遇されるか。

 トリスメギストスには自信がなかった。

 

 おじさんが孤立するようなことはしたくない。

 だから、トリスメギストスは不用意に口を開く気にならなかった。

 

 沈黙したトリスメギストス。

 その様子を見て、おじさんは自分でも代案を考えてみる。

 ううん、と頭を捻っていると、ふと思いついたことがあった。

 

 それを実行するべく、おじさんは術式を刻印してみる。

 この場所の足下はただの黒色だ。

 

 そこに精霊言語を使った刻印を施していく。

 なぜ刻印できるのか、理由は知らない。

 できるのだからそれでいいと深く考えないおじさんであった。

 

 一心不乱に刻印の術式を書き込んでいると、声がかかる。

 

『主よ、その魔法陣は何に使うのだ?』


「これですか? 跳ね橋の対案に使いますの」


『うん?』


「できましたわ。トリちゃん離れてくださいな!」


 と、おじさんは魔法陣から少し距離をとって小走りになる。

 そして、魔法陣を踏むと同時に跳躍した。

 

 どひゅん。

 

 そんな効果音が鳴ったかのように、おじさんの身体が勢いよく宙を舞う。

 

「これは楽しいですわあああ!」


 放物線を描いたおじさんは、優に百メートル以上の距離を飛んだ。

 ちゃんと地面に降りる前には、風の魔法を使って減速している。

 

 着地するとすぐさましゃがみこむ。

 しばらくすると、おじさんがトリスメギストスにむかって跳躍してくる。

 

『…………』


 絶句であった。

 

「トリちゃん! どうですか! これなら大穴もひとっ飛びですわ」


 おじさんがイメージしたのは、懐かしの横スクロールアクションゲームだ。

 定番の仕掛けのひとつにジャンプ台がある。

 タイミングよくボタンを押せば、通常以上の大ジャンプができるものだ。

 

 それを魔法陣で再現してしまった。

 もちろんタイミングによって、ジャンプの高さが変わったりはしない。

 ゲームでよくあった、谷底へのジャンプみたいなことにはならないように配慮している。

 

「きゃああああああ!」


 母親が跳びながら歓声をあげている。

 

『主よ。これは使えんぞ!』


「こんなに楽しいのにダメなのですか?」


『うむ。まぁふつうの人間は風の魔法であんなにうまく減速できん』


 トリスメギストスは母親を意識しながら言う。

 

『それにな、主よ。人は跳べても馬車はどうするのだ?』


「あはははは! たのしいわああああ」


 そこへ母親の声が届く。

 スケート選手のように水平方向にクルクルと回りながら跳んでいる。

 

「そこは考えてませんでしたわ!」


 母親の姿を目で追いながら、トリスメギストスに答える暢気なおじさんである。

 

『ならば、この方法は却下であるな』


「仕方ありませんわね。まぁわたくしも楽しんできます」


 新しく魔法陣を刻印して、“とう”とおじさんも跳躍する。

 おじさんもクルクルと回りながら叫んだ。

 

「すくりゅーどらいばー」


「リーちゃん、その跳び方は斬新ね!」


 復路でもおじさんは叫ぶ。


「絶・てんろーばっとーがー」


「あははははは」


 話が転んだとしても、なんだかんだで楽しむおじさんと母親の二人であった。


 アルテ・ラテンにおける大穴。

 実は地元民たちは、さほど気にしていなかったりする。

 もともと通行量の多い場所ではなかったのだ。

 

 それに加えて、女神おじさんがアルテ・ラテンを守護まもってくれた痕跡なのである。

 気の早い商人などは、既に商売のネタにするほどだ。

 

“ここがアルテ・ラテン名物、『女神の大穴』”だと。


 アルテ・ラテンの民たちからは尊崇を集める結果になっていた。

 さらに行商人や旅人たちは、大穴を見て驚くのだ。

 そして女神の話を聞きに、酒場へとむかう。

 

 つまり、だ。

 既に大穴はアルテ・ラテンの経済に寄与していたのだ。

 おじさんは大穴のことを気にする必要はまったくなかったのである。

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