第274話 おじさん母親と魔法で遊ぶ


「知ってた! あたしはリーがちゃんと考えてるって知ってたんだよ!」


 公爵家に突撃してきた勢いはどこへやら。

 掌をくるりと返すフレメアである。

 

 この時、すっかりと彼女は忘れていた。

 鬼のような形相になった兄弟子が背後にいたことを。

 

 その兄弟子が背後に忍び寄る。

 フレメアの赤髪に隠れていた耳を捻りあげた。

 

「あだだだだだ!」


「粗忽者なのは年を重ねても直りませんか。これは再教育が必要ですね」


 家令の言葉にフレメアの表情が変わる。


「奥様、お嬢様。少々失礼してよろしいでしょうか」


 家令の言葉に母親が頷く。


「お好きになさい」


「え? ちょっと待って! 兄者!」


 耳を引っぱられながらフレメアが叫ぶ。


「このような粗忽な妹を持った覚えはないが」


「いだだだ! いや! やめて! 痛いって、兄者! リー! ぼすけてええ!」


 げに恐ろしきは世のしがらみである。

 四十を越える年齢になっても、若い頃に培った関係性は崩れない。

 おじさんは、にこやかに手を振るのであった。

 

 応接用サロンから家令とフレメアの二人が退室した。

 そこで母親が口を開く。

 

「リーちゃん、さっきフレメアが言ってた魔法って? 大地に大穴を開けたって言ってたけど」


 優雅にお茶を含んでから、おじさんが言う。


「トリちゃんと開発した魔法ですの。積層型の立体魔法陣を使って古代魔法……」


 母親がガシッとおじさんの細い肩を掴む。

 

「その話、詳しく!」


 キラキラと目を輝かせる母親であった。

 失楽園ロスト・アルカディアのことは報告をうけていたのだ。

 ただ、どんな魔法まではかは聞いていなかった。

 そのことを今になって悔いる母親である。

 

 そんな母親の気持ちを手に取るように理解したおじさんは話した。

 積層型の立体魔法陣の構築方法といった基礎的な部分から。

 魔法に関する講義のようなものである。

 

「では、実演といきましょうか」


 ぶつぶつと言う母親の手をとって、おじさんは親指のリングに魔力をとおす。

 そして、女神の作った空間へと転移したのだ。

 直近ではレグホーンを相手にお仕置きした場所である。

 

「…………ここは?」


 母親が問う。

 

「説明は難しいのです。ただ、魔法が使いたい放題の空間だと思っていただければ」


 母親がビッと親指を立てる。

 

「リーちゃん! 素晴らしいわ! ここが使えるのなら詳しいことは不問よ」


「では、早速」


 おじさんが失楽園ロスト・アルカディアを放つ。

 詠唱をすべて行なって。

 その規模はまったくの手加減なしだと、とんでもないものである。

 

 百鬼横行パレードの際に使った規模でも手加減していたのだ。

 その加減が取っ払われた今、おじさんの放つ魔法の規模は目視できないほどに大きい。

 

 幸いなことに母親はおじさんの脅威に恐怖を覚えるような軟弱な精神を持ち合わせていなかった。

 むしろ、自分がこの魔法を使えるようになることに喜びを覚えていたのである。

 

「いいわね。積層型の立体魔法陣の大きさは調整できるのでしょう?」


「できますが……わたくしは大きくできても小さくするのは難しいですわ」


 そうなのだ。

 おじさんはやはり有り余る魔力のせいで手加減が難しい。

 最大限に手加減をしても、豚鬼人オークの村を一掃するくらいの規模になる。


「じゃあ、私もやってみるわね」


 母親が両手をパンと合わせて詠唱に入る。

 既に頭の中には魔法陣の構築などは頭に入っているのが、おじさんの母親たる所以だろう。

 

失楽園ロスト・アルカディア!】


 おじさんの放った物よりも規模は比較にならないほど小さい。

 だが、しっかりと発動している。

 

 ただし、一度の発動でごっそりと魔力を持っていかれた。

 そのため額に汗をにじませ、肩で息をしている母親だ。

 使いこなすまでには、慣れが必要なのだろう。

 

「もう少し魔力を調整して使う必要があるわね。積層型の立体魔法陣……これを使えば禁呪の範囲を限定させて発動できる? 結界を張ることで魔法効果の範囲を限定させれば威力も上がる?」


 唇に手をあてて考える母親である。

 

「トリちゃん!」


 召喚された使い魔は場所と面子を見て、ものスゴく帰りたくなった。


『主よ、御母堂となにをしておるのだ?』


「魔法の練習ですわ!」


 おじさんの発言の後に、母親からの言葉が飛ぶ。


「トリちゃん、ちょっと聞きたいことがあるのだけど!」


『うむ。御母堂よ、主から贈られた眼鏡をかけて魔法を放ってみるといい』


「あ! あれね!」


 おじさんお手製の魔力視ができるサングラスのことだ。

 さっそく身につけている宝珠次元庫から取りだして、失楽園ロスト・アルカディアを放つ。

 

「ああ! こうなっているのね! 楽しくなってきちゃったわ!」


 バカスカと魔法を放つ母親である。

 

『で、主は何用かな?』


 うまく母親を誘導したトリスメギストスであった。


「実はアルテ・ラテンの大穴についてですわ!」


『あれを埋めるのは手がかかるぞ。なにせ虚空に消し去ってしまったのだからな』


 幅が数十メートル、長さが数百メートル、深さは底知れず。

 それがおじさんの刻んだ魔法の結果である。

 

「埋めようとは思ってないのですわ」


『では、どうしたいのだ?』


「跳ね橋を作ろうかと思っていますの」


 おじさんがイメージするのは、ゴッホの描いたアルルの跳ね橋ではない。

 ポルトガルにあるポンタ・ダ・バンデリア城にあるようなものだ。

 端的に言えば、城壁と堀の間に渡すような橋のことである。


『…………無理であろうな』


 しばらく沈思したトリスメギストスが無情な一言を放つ。

 あれだけの規模の跳ね橋となると、どのくらいの力が必要になるのか。

 

 おじさんの発想は理解できる。

 要は埋めないことでアルテ・ラテンの防衛力を上げようと言うのだ。

 ただし、今のままでは通行できない。

 

 正確には通行できるが、大幅に遠回りする必要がある。

 そのための跳ね橋なのだが、大穴を渡す大きさとなると構造的に無理だと判断したのだ。

 

「では、なにか代案がありますか?」


 おじさんの問いにトリスメギストスも沈黙するしかなかった。

 この問題をどうするべきか。

 腹案はある。

 が、それはあまりにも非現実的だとトリスメギストスは思うのであった。

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