第273話 おじさんフレメアに突撃される
「リーはおるかーーーー!!!!」
学園長に呼びだされた翌日のことである。
カラセベド公爵家のタウンハウスで大声で叫ぶ者がいた。
港町アルテ・ラテンの領主フレメアである。
先だっての
しかも馬上から叫ぶものだから、たまったものではない。
当然だが公爵家の門番たちは、この無礼な珍客をどうにかしようとした。
ただ彼女は公爵家の分家であるトルーン家を代表する者なのだ。
ちょっと門番たちには荷が重い。
「リーは!」
二度目となる叫びをあげそうなところで、おじさんの声が魔法によってとどく。
「いませんわー。またのお越しをお待ちしておりますわー」
緊張感のないお嬢様の声に門番たちは吹きだしてしまう。
一方でフレメアは激高していた。
バカにされたと思ったからである。
「いるだろうがっ! リー!」
「いませんわー。またのお越しお待ちしておりますわー」
ぐぬぬ、となるフレメアである。
怒っていたとて彼女もまた貴族として生きる者だ。
さすがに門を破ってまで入ろうとはしない。
「さっきからキャンキャンと山犬がうるさいわね」
おじさんの声に代わって、母親の声が届いた。
「ヴェロニカか! 相も変わらず生意気な!」
その瞬間、フレメアにむかって邸から魔法が飛んでくる。
殺傷力はほぼないと言ってもいい、弱い風弾だ。
「なめるなっ!」
フレメアは魔力を纏わせた腕の一振りでかき消してしまう。
「かーさまー。そにあのふうだんきえちゃった」
「そうね。あの大人げない
「ふーちゃん? ふーちゃんが悪いの?」
のどかな親子の会話が聞こえてくる。
「こらー! ふーちゃん、ダメでしょ!」
妹に一喝されたフレメアは目を見開いた。
「ええ!? あたしが悪いのか?」
フレメアは門番たちに聞く。
だが、門番たちも首を傾げるばかりだ。
お前が悪い、とは言えない。
かといって、自分たちの主人も悪く言えないのだから当然だ。
「まぁいいわ。入ってきなさいな」
公爵婦人の御言葉があったのだ。
門番たちは苦笑しながらも、恭しく門を開いたのであった。
ばぁんと玄関の大きなドアを開けて、フレメアが姿を見せる。
「リー、あんたにゃ言いたいことが山ほどあるんだ!」
開口一番それである。
挨拶もへったくれもない振る舞いに、キレたのは家令であった。
「いい度胸ですね。この私を前にそのような態度にでるとは」
手をポキポキと鳴らしながら、家令がゆっくりと前にでる。
「げええ! 兄者!」
あわあわとなる赤髪の女傑である。
そう。
公爵家には彼女の天敵が揃っているのだ。
「歯ぁ食いしばれぇい!」
“うひぃ”と声を漏らすフレメアであった。
彼女の姿を階段の上から、ニヤニヤと見つめる母親と妹である。
二人の姿を視界におさめたフレメアは気づいた。
これは最初から仕組まれていたのだ、と。
…………そんなわけはない。
彼女の立ち振る舞いの結果である。
「本日は急な訪問となってしまったことをお詫びいたします。また、無礼な振る舞いをしたにもかかわらず、快くご対応をいただきましたことを感謝いたします」
応接用サロンの入り口にて、殊勝な態度をとるフレメアである。
その両の頬は赤く腫れていた。
「で? 何用です」
サロンの中には母親とおじさんがいる。
声をかけたのは母親だ。
ちなみに妹は侍女に連れられて、庭でペットである犬猫の精霊獣と遊んでいた。
「先ずは先日の
おじさんにむかって、きれいな動作で頭を下げるフレメアである。
祖母が仕込んだだけあって、やればデキるのだ。
「民を助けることこそ貴族の務め。お気になさらずに」
おじさんが優雅に返答する。
「加えて、本日は
“ほおん”と母親が続きを促す。
「ひとつはお嬢様の魔法によって大地に穿たれた穴のこと。今ひとつはどうやってもとけない魔物の氷づけのことです。この二つの対処をお手伝い願えないかと思い、罷り越しました」
フレメアがくる目的は察していたおじさんである。
そこでかねてから温めていた腹案を話す。
「フレメア様。わたくし、そちらの侍女に軽くお話をしたのですが、報告は受けていませんの?」
「…………はい」
侍女は舞い上がっていたのだ。
女神と目するおじさんに話しかけられて。
「まぁいいでしょう。その件については追及しませんわ。フレメア様はリューベンエルラッハ・ツクマー先生をご存じですか?」
おじさんの話が唐突に飛んだ。
しかし異をはさまずに、素直に答えるフレメアである。
「王国屈指の歴史学者、だったかと思いますが」
「はい。わたくしの家庭教師をしてくださっていました。その縁でわたくし、アルフレッドシュタイン・ツクマー氏とも親しくさせていただいております。ツクマー先生の弟御にあたる方ですわ」
なんの話だ、といつものフレメアなら聞いているところである。
だが、後ろで目を光らせている兄弟子が怖い。
「アルフレッドシュタイン・ツクマー氏は、魔物学の大家でいらっしゃいます。現在は市井にくだられて、冒険者ギルドの要職に就かれていますわ」
「…………つまり?」
「わたくしから同氏へと既に連絡はつけてあります。新鮮な魔物の死体、言い値で買い取ってくれるとのことですわ」
「なにぃ!」
つい、地がでてしまうフレメアだ。
アルテ・ラテンは蹂躙されなかったとしても、周辺地域の村の復興費用など戦費はバカにならない。
その穴埋めができると聞けば、つい地がでてしまってもおかしくないだろう。
だが、兄弟子はそれがお気に召さなかったようだ。
パコン、と軽い音が鳴って、フレメアが頭を押さえる。
その様子を見たおじさんが、微笑みながらダメ押しをする。
「フレメア様、がっぽがっぽですわ!!」
「がっぽがっぽ!!」
“うわはははは”と笑い声をあげるフレメアである。
その姿に兄弟子の怒りがおさまらないのは当然であった。
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