第269話 おじさん薔薇乙女十字団と画策する


 おじさんは、祖父を助けに行ったときにお茶の木があることに気づいた。

 その後、公爵家本邸の侍女たち加工前・・・の茶葉が欲しいことを告げていたのである。

 

 公爵家のパワーは偉大だ。

 そんな無茶な要求でさえ、出入りの業者があっさりと叶えてくれた。

 

 もちろん打算がないわけではない。

 このところ次々と新しい商品を開発していることで定評がある公爵家なのだ。

 またぞろ何かしら新しい物を作ってくれるのなら、いっちょ噛みさせてほしいとの心算があった。

 

 本来なら抹茶を作るのには、茶葉を採取する二週間ほど前から黒いシートをかける。

 これによって苦みよりも旨みを増幅させるのだ。


 ついでに茶葉の色も濃くなる。

 それを加工して抹茶にするのだが、そこはおじさんの錬成魔法だ。

 

 魔力を見ることを可能にしたおじさんの錬成魔法はえげつない。

 加工前とは言え、すでに摘まれた茶葉から抹茶をあっさりと作ってしまった。

 砂糖を入れて、お湯で伸ばす。

 それをミルクで割って、魔法で冷やして完成だ。


「ねーさま」

 

 最近はなんだか妹がよく甘えてくる。

 おじさんと向き合うようにして膝の上に座って、ぎゅっと抱きついていた。

 それを拒否するようなおじさんではない。

 

 妹のさせたいようにして、背中をポンポンと叩いていた。

 それが効いたのか、薔薇乙女十字団ローゼンクロイツの皆が揃う頃には、妹は夢の中である。

 

 侍女に妹を手渡し、おじさんは薔薇乙女十字団ローゼンクロイツの皆を見た。

 一着だけあったおじさんとのお揃いは、パトリーシア嬢が手に入れたようである。

 

「皆さん、よくお似合いですわね」


 その声に薔薇乙女十字団ローゼンクロイツの面々が表情を綻ばせた。


「リー様、よろしいのですか? このような贈り物をいただいてしまって」


 黒地に彼岸花というシックな甚平を着たアルベルタ嬢が言う。


「ええ。皆が着てくれれば宣伝になりますのよ。ですのでお気になさらず」


 そうなのだ。

 簪にキャミソール、雪駄、巾着袋に甚平。

 すべて商会で売りにだす予定になっている。

 もちろん女性用だけではなく男性用もだ。

 

 ちなみに浴衣ゆかたにしなかったのは単純な理由がある。

 おじさん、浴衣ゆかたの着付けを知らなかったのだ。

 それだけで甚平を選んだのである。

 

「ありがとうございます。大切にさせていただきますわ」


「ところで、リー! そこにある飲み物はもしかしてまさかの抹茶じゃないの?」


 アルベルタ嬢とおじさんの会話に割って入ったのは聖女だ。

 おじさんは苦笑しながら首肯してみせる。

 

「私にもくださいな!」


 聖女が両掌を上にして前にだす。

 その姿がおかしかったけれど、吹きだすのは我慢した。

 おじさんが侍女たちに目配せをする。

 

「さぁこちらの長椅子のお好きなところへどうぞ」


 おじさんの言葉に従って令嬢たちが思い思いに座る。

 結界の中に一歩入ると、心地よい風が吹く。

 

 色とりどりの花に、緋色の毛氈と野点傘が映える。

 そこは令嬢たちにとっては、異世界のようであった。


 そこに見目も美しい抹茶ラテが運ばれてくる。

 お茶請けとなるお菓子に、軽食まで。

 

“むっはあああ!!”


 聖女が叫ぶ。

 両手にお菓子を持ち、膝の間にコップをはさんだ姿で。

 

「ここは天国か、ここが天国だああ!」


 その言葉使いの荒さにアルベルタ嬢が、ゴホンと咳払いをして注意を促す。

 しかし、聖女の耳には入っていない。

 うまうまと言いながら、左右の手で掴んだドライフルーツ入りのクッキーを交互に食んでいる。

 

「お姉さまが領地に戻られていた間に色々とあったのです」


 パトリーシア嬢が口を開く。

 

「ええ、ルシオラ嬢とエンリケータ嬢からも聞いています」


「悔しいのです」


 パトリーシア嬢の頭をつい撫でてしまうおじさんである。


「悔しいと思うのなら、卒業までに学園長を超えればいいのです。そのためならいくらでもお手伝いをいたしましょう」


「お姉様なら学園長にも勝てるのです?」


 真っ直ぐな問いにおじさんは笑って誤魔化せなかった。

 

「そうですわね。ここだけの話ですが、ちょちょいのちょいですわ」


 その言葉を誰も疑わない。

 薔薇乙女十字団ローゼンクロイツからすれば当然のことなのだ。

 

「リー様、さしあたって魔法戦術研究会はどういたしましょう?」


 アルベルタ嬢からの問におじさんは微笑む。


「どうもいたしません。あちらから火の粉を飛ばしてくるようなら容赦はいたしませんが」


「いいの? お礼参りとかしなくても」


 聖女がクッキーを食べながら問う。

 合間に抹茶オレを飲むのも忘れない。

 

「長期休暇明けに薔薇乙女十字団ローゼンクロイツから学生会に人をだす予定なのです。なので、関わっている暇もないのです」


「その話もありましたわね」


 パトリーシア嬢の言葉にアルベルタ嬢が頷く。

 そして、おじさんにも学生会での一幕を説明する。

 

「なるほど。では、学生会を乗っ取ってしまえばいいのです。薔薇乙女十字団ローゼンクロイツは全員参加、そのまま学生会内で部活動を並行して行います」


「会長と副会長がいますが」


「巻きこんでしまえばいいのですわ! そういうことは得意でしょう?」


 おじさんが聖女を見る。

 その目線に頷いて、聖女が叫ぶ。

 

「おーほっほっほ! 内側から乗っ取るなんて悪者っぽくてグッド!」


 こうして杜撰な乗っ取り計画が発動したのである。

 初代薔薇乙女十字団。

 その名が広まっていくのには、まだ少しの時間がかかる。

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