第268話 おじさんお茶会を開く

 王都に戻ってきたおじさんである。

 手始めにしたことは、薔薇乙女十字団ローゼンクロイツの面々に招待状をだすことだ。

 学園が始まる前に、一度集まっておきたいと思ったのである。

 

 ルシオラ嬢とエンリケータ嬢の報告もあった。

 そのことについて話たいこともあるだろう。

 なので、おじさんは招待状を送ったのだ。

 

 フレメアの一件が気にならないでもない。

 ただ、おじさんとしてはできることはしている。

 なので王都へくると言うのなら、そのときでいいだろうと判断した。

 

 そしてお茶会の当日である。

 

「お嬢様、このお召し物もいいですわね」


 侍女の言葉に、おじさんは満面の笑みをうかべた。

 本日のお召し物は夏物の甚平である。

 おじさん帰りの馬車の中では、これを作っていたのだ。

 

 甚平とセットにするインナーのキャミソール。

 他にも雪駄や漆器の簪、巾着袋などの小物も。

 

 時間はあったのだ。

 そこでおじさんは大量に生産した。

 家族の分はもちろん、邸で働く使用人たちの分もだ。

 そして薔薇乙女十字団ローゼンクロイツの分もある。

 

 ちなみに本日の侍女も甚平姿だ。

 動きやすく涼しい。

 それに華やかなデザインなのもよかった。


 特に女性の使用人たちは気に入ったようだ。

 後に公爵家の商会から販売される折りには、自腹で購入しようと決意するほどには。

 

 おじさんはと言えば、白地に青い花柄が入った甚平姿だ。

 髪は簪を使ってまとめ、首筋がすっきりしている。

 雪駄の履き心地もいい。

 

「でしょう。暑い季節にはピッタリだと思うのです」


 にんまりするおじさんだ。


「お嬢様、お客様がおいでになりました」


 別の侍女から声がかかった。

 

「では、庭の方へ案内してくださいな。わたくしもむかいます」


 本邸の裏庭に設えられたお茶会の会場は趣向を凝らしたものであった。

 夏の花々が咲き誇る一角に、緋毛氈が敷かれている。

 そこに赤い野点傘まであるのだ。

 

 ついでに姿を消したバベルが結界を張っている。

 心地よい風を吹かせ、虫を寄せつけない。

 エキゾチックな見た目だけではなく、居住性も抜群な会場である。

 

 薔薇乙女十字団ローゼンクロイツの面々は、皆そろって会場の見事さに唖然としていた。

 ただ一人、聖女だけはウンウンと頷いていたが。

 そこへ甚平姿のおじさんが姿を見せる。


「リー様っ!」


 全員が叫んだ。

 

「お久しぶりというほどの時間は経っていないように思いますが、それでもお久しぶりですわね」


 おじさんもなんだかよくわからない挨拶をしてしまう。

 

「お会いしとうございましたっ!」


 誰が言ったのか。

 その言葉におじさんも嬉しくなってしまう。

 ちょいと涙がでそうになるくらいに。

 

「皆の分もあつらえてありますの。よかったら……」


「はい! 絶対に着たい!」


 聖女が手をあげた。

 夏用のドレスとは言え、まだまだ暑いのだろう。

 聖女の言葉におじさんは頷く。

 

「いくつか色柄がありますが、早い者勝ちですわよ」


 おじさんは敢えて煽った。

 湿っぽい空気にしたくなかったから。

 

「リーとおそろいのはあるの?」


「もちろん用意してありますわ」


 おじさんが言い終わらないうちに聖女が走る。

 目指す先は公爵家の使用人たちが立っているタウンハウスの前だ。


「あ! エーリカずるいのです!」


 パトリーシア嬢が叫ぶ。


「シフォン、あの不埒者の動きをとめて」


 アルベルタ嬢は自身の使い魔を喚ぶ。

 玄兎。

 月に住むとされるウサギ。

 その能力は重力を操ること。

 

「うぎぎぎ…………」


 聖女の足がとまった。

 

「だ、誰よ! 魔法を使ったのは!」


「抜け駆けは許しません」


「アリィ! あんたねぇ」


 聖女とアルベルタ嬢がやりとりする間に、パトリーシア嬢が駆け抜けていく。

 

「もらったのです!」


 重力を操れるといってもまだ発展途上なのだ。

 今は個人にしか魔法をかけられない。

 パトリーシア嬢の動きを止めるには、聖女への魔法を解除しなくてはいけない。

 

“ちぃ”とアルベルタ嬢が舌打ちをする。

 他の薔薇乙女十字団ローゼンクロイツの面々も、パトリーシア嬢の後に続く。

 

「アリィ、ここは一時停戦といくわよ」


「仕方ありません」


「いい? あんたが魔法を解くのと同時に私が結界を張る。全員を足止めするにはこれっきゃない」


「わかりました。その後は早い者勝ちでいいですわね?」


「もちろん! じゃあいくわよ!」


 アルベルタ嬢が魔法をとく。

 同時に聖女が結界を張って、先行する薔薇乙女十字団ローゼンクロイツを足止めした。


『主殿よ、あの小娘たちをとめなくていいのか?』


 バベルが姿を消したまま、おじさんに声をかける。


「あの程度の魔法ならどうということはありませんわ。ただのお遊びです」


 そんな話をしていると、ひょっこりと妹が顔をみせた。

 もちろん妹も甚平を着ている。


 おじさんとは色違いのものだ。

 髪型もおじさんとあわせてある。

 

「ねーさま。そにあもいていい?」


「かまいませんわよ」


 妹の頭をなでつつ、おじさんは用意しておいた長椅子に誘って座る。

 そこへ侍女が飲み物を運んできた。

 本日はアイスの抹茶オレである。

 

 淡い緑が涼しげでいい。

 一口含むと、抹茶の香りが鼻を抜けていく。

 甘みのバランスもよく、飲みやすい。

 

 妹も思わずにっこりする美味しさであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る