第267話 おじさん王都に帰還する


 翌日のことである。

 おじさんは空飛ぶ生首を祀る廟を訪れた。

 地元の人間が大切にしているものだ。

 

 いかにその正体がおじさんであったとしても、彼らにとっては生首こそが真実である。

 なので迷妄を暴くような無粋はしない。

 そういう地味な部分が、人心を集めることになる。

 

 おじさんはそんな風に考えていた。

 公爵家領ならそれで正解かもしれない。

 だが、ハムマケロスは王領である。

 

 よって、おじさんが人心を掌握することに意味はない。

 いや別の意味としてならある。

 が、おじさんに他意はないのだ。

 

 いつものおじさんなら気づいていた。

 だが動揺していたのだから仕方ない。

 

 そして、早々にハムマケロスを退散した。

 ここからは陸路で王都へと戻る。

 

 気ままな馬車旅であった。

 その間、弟妹たちはすっかりゲームブックにハマっていた。

 既に三冊を攻略し、四冊目へと突入している。

 

 作る方のトリスメギストスも大変だ。

 だが、そこは知性ある神遺物インテリジェンス・アーティファクトである。

 その力を存分に発揮して、ゲームブック作りに勤しんでいた。

 

 自らが作った物が評価される。

 それがいかに年端もいかない弟妹たちであっても、作り手にとっては嬉しいものだ。

 そう、トリスメギストスは今まで知らなかった新しい喜びを知ったのである。

 つまりゲームブック作りにドはまりしたのだ。

 

 弟妹たちは素直である。

 面白かった部分、逆に面白くなかった部分を率直に言う。

 フィードバックされた情報をもとに、作り手は新しい作品を作る。

 好循環だ。

 

 おじさんはと言えば、いつもように内職をしていた。

 怪しげなものを作っては、ニマニマとするのだ。


 そんな生活をすること三日ほど。

 騎士たちからもうすぐ王都に着くとの報告もあった。

 

「王都の民よ、わたくしは帰ってきた!」


 などと言うほどには、テンションの高いおじさんである。

 王都から初めての旅をして、領都にまで行った。

 さらに領都以外の領地にも足を伸ばすことができたのだ。

 

 今回の旅には大満足であった。

 ただ帰ってからもやることは山積みである。

 さしあたって、おじさんは薔薇乙女十字団ローゼンクロイツの皆と会いたいと考えていた。

 

「ねーさま」


 ソニアがおじさんの腕を引く。

 

「どうかしましたか?」


 両手を上にあげたソニアを抱っこする。

 ソニアはおじさんにぎゅうとしがみつく。

 ただ甘えたくなったのだろうか。

 

 ソニアの好きにさせておくおじさんであった。


「ただいま戻りましたわ、お父様、お母様」

 

「おかえりなさい」

 

 王都の公爵家に戻ってきた。

 だいたい1ヶ月と少しくらいだろうか。

 長いようで短く、短いようで長い時間であった。

 

 妹が母親に駆けていく。

 弟は父親にだ。

 おじさんはアミラと手をつなぐ。

 

 なんだろう。

 おじさんはログハウスにも転移陣を刻んでいた。

 そのため毎日のように温泉郷にて、父母とは顔を合わせている。

 つまり、父母を見ても久しぶりという感覚はない。

 

 妹と弟にしても同じなのだが、おじさんとは感じ方が異なるようだ。

 やはり帰ってきたという実感が湧いたのだろうか。

 その辺の感覚はおじさんにはわからない。


 ただ。

 王都に帰ってきたという思いはある。

 そんなことを考えていると、おじさんに声がかかる。

 

「お嬢様、無事のお帰り祝着至極にございます」


 家令のアドロスである。

 

「ありがとう」


 と返しつつも、おじさんはアドロスを見た。

 なにか用事があるのだろう、と意思をこめて。

 

「アルテ・ラテンのフレメアから飛空便が届いております」


 緊急伝達用の手段だ。

 それよりもアドロスがフレメアを呼び捨てにしたのが気にかかるおじさんである。

 よく知る仲なのだろうか。

 

 渡された手紙に目を通すと、おじさんは頭にはてなマークがうかぶ。

 フレメアの侍女に説明した覚えがあるのだが。

 

『リー! 後かたづけもしておくれよう』


 とだけ書かれていたのだ。

 

 おじさんアルテ・ラテンの百鬼横行パレードにて魔法を解除し忘れたわけではない。

 実は大量の魔物の死体を新鮮な内に冷凍保存したのは意味があった。

 

 そのことを侍女に説明したのだが、どうにも伝わっていないようだ。

 おじさんは手紙をアドロスにも見せる。

 

「アドロス、フレメア様は王都にくると思いますか?」


「あの粗忽者ならくるでしょうなぁ」


「……フレメア様とは旧知の仲なのです?」


 おじさんは気になっていたことを聞いてみる。

 ふっと相好を崩すアドロスだ。

 

「あれとは同じ師を持った仲でございます。妹弟子といったところですな」


「師?」


「ハリエット様です」


「まぁお祖母様に?」


「ええ。私とフレメアの他にも数人弟子がいます」


「そうなのですか。知りませんでした」


「最近では領都にてお忙しくされておられますから。弟子はお取りになっていないようです」


 そんな他愛もない会話をしつつ、おじさんたちは邸の中にむかう。

 

「おっと。忘れていました。アドロス、これは土産です。皆に配っておいてくださいな」


 おじさんは家令に宝珠次元庫を渡す。

 

「ありがたくちょうだいいたします」


 とは言いつつも、なんだかとても嫌な予感がする家令なのであった。

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