第266話 おじさんハムマケロスで凹む
アルテ・ラテンを出立したおじさんたちは順調に旅を続けていた。
大河を魔物が遡ってきたなど嘘のように平穏である。
なんだかんだで
船乗りたちも渋るかと思っていたのである。
しかし、
その気っぷの良さにおじさんは、第二回ウナギ祭りを開催することを決意した。
おじさんの言葉が船乗りたちに告げられると、恐ろしいほどの熱狂が巻き起こったのである。
ちなみに大河の魔法は既に解除ずみだ。
翌日、アルテ・ラテンからウナギが消えた。
おじさんだけではなく、船乗りたちがご相伴に預かろうと買い占めたからである。
そんなこんなの船旅をしつつ、おじさんたちは港町ハムマケロスに到着した。
船乗りたちが涙ながらに帰っていく。
ウナギが美味しかったのだろう。
「なんだか懐かしいですわね」
邪神の信奉者たちと初めて交戦した場所である。
脳裏に残るほっぱーきっくを思いだしつつ、おじさんは馬車に乗りこもうとした。
「お久しゅうございますうううううっうっうっうっう」
聞こえてきたのはハムマケロスの代官ヤルマル=ヨーン・アウリーンの声だ。
おじさんは立ち止まって振り返る。
その瞬間、ぎょっとしてしまった。
アウリーン卿は膝をつき、滂沱のごとく涙を流している。
その姿を見たおじさんは思わず頬を引き攣らせてしまう。
「どうかなさったのですか? アウリーン卿」
「リ、リー様のご尊顔を拝し奉り…………えぐ、えぐ。光栄の至りにございまするうううっうっう」
おじさんは、はてと首を傾げる。
なぜこんなにも感極まっているのかわからないからだ。
「どうしたのでしょう」
おじさんの呟きに侍女が答える。
「お嬢様、あれはお嬢様に再会できたことに感激してむせび泣いているのです」
なぜ侍女がそう確信を持って言うのか、おじさんにはわからない。
「もっと他の理由ではないのですか?」
おじさんの問いに侍女が大きく息を吐く。
「お嬢様はどうにも無頓着ですわ」
そこがいいんだけど、と胸中で呟く侍女であった。
「まぁいいでしょう。このままでは話になりませんわね」
そうおじさんが呟くと同時に侍女が口を開く。
「アウリーン卿。お嬢様がお困りになっておられますよ」
びくりとその巨体を震わせて、アウリーン卿が立ち上がる。
「これは失礼いたしました」
袖口で涙を拭いながら、頭を下げる。
「そう言えば、リー様に。ひとつご報告せねばならぬことがあるのです」
急にキリッとしだすアウリーン卿。
「邪神の信奉者たちのことですか?」
「いえ……正確には関係あるのかもしれませんが、実はリー様にお力添えをいただいた翌日から町にある噂がたっておりまして」
“ほう”とおじさんは鷹揚に返答する。
「なんでも前日の夜に生首が飛ぶと噂がありましてな。実際に見た者もいる、と」
「へ、へぇ……そうなのですか」
おじさんの表情がビシッと固まる。
まさかの飛頭蛮伝説であった。
中国の三才図会に描かれている妖怪が飛頭蛮だ。
通常は人の姿であるが、夜になると首だけが飛ぶと言う。
異世界にて、その伝説が幕を開けたのである。
ハムマケロスを出立する日。
おじさんもその噂を耳にしていた。
そして、もちろん心当たりがあったのだ。
だって真っ黒な服を着たおじさんが、あの日、屋根の上を飛び回っていたのだから。
光量の少ない月明かりの下では、おじさんの銀髪と白い肌が浮かび上がって見えても仕方がない。
「なんでもとびきり美しい女の首が屋根を飛んだと言われてましてな、ひょっとするとそれも邪神の信奉者たちの仕業であるかと疑っておったのです。ただ民たちからすれば、邪神の信奉者たちというよりも純粋な怪異としてとらえられておりまして」
「で、どうしたのです?」
「さすがに私としても人心が乱れるのは好ましくありませんでしたのでな。民たちからの寄付もありましたので廟を立て祀っております。先日は神殿からわざわざ神官様にもおいでいただきまして、ちょっとした祭りのようになったのです」
「ほ、ほう…………」
おじさん、内心では冷や汗がとまらない。
それでも表情にはださないところは、一流の御令嬢なのだ。
「今は祭りも終わってしまったのですが、よろしければリー様もおいでになりますか?」
「そ、そうですわね。検討しておきます」
おじさんの心境を侍女は察したのだろう。
「アウリーン卿、申し訳ありませんがお嬢様はお疲れのようです」
「おお、これは申し訳ありません。では、我が邸にてゆるりと休まれていかれよ」
と、おじさんたちは馬車に乗りこむのであった。
「う……うう」
おじさん、とっても恥ずかしかったのだ。
まさかの嘘から出た
いや嘘でもないのか。
魔物がいるこの世界において、こんなことがあるのか。
幽霊や妖怪の類いはアンデッドとか、そういうのじゃないのか。
おじさんは思っていたのだ。
しかし現実には廟まで立てられ祀られてしまっている。
自分が噂の元なのに。
これは墓まで持っていかねばならない、そうおじさんは決意した。
「お嬢様」
「なんですか?」
「あの噂、正体はお嬢様でしょう?」
「お、おほ、おほほほほ。そそそ、そんなわけないでしょうに」
じとっとした目で侍女はおじさんを見る。
沈黙に耐えきれなかったのか、観念したのか。
「…………わたくしです」
と、目を伏せて小さな声で呟くおじさんであった。
「このことは二人だけの秘密にしておきましょう」
侍女の言葉におじさんは、クワと目を見開く。
頼りになるお姉ちゃんなのだ。
だから、おじさんは侍女の手を握って言う。
「では、そういうことで」
「仕方ありませんわね」
うふふ、おほほと馬車の室内に薄気味の悪い笑い声があがるのであった。
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