第265話 おじさん大河の魔物と交戦する
逆召喚を使ってバベルのもとへ移動するおじさんとトリスメギストスである。
大河を埋め尽くさんとする魔物の大群がいた。
「バベル。適当に間引いてくださいな」
『主殿。全滅でなくともいいのでおじゃるか?』
はて、といった感じの疑問が口調にのっている。
「うちの騎士たちにも残しておきませんとね」
『なるほど。そういうことでおじゃるか。では手強そうな魔物を間引こうかや』
そう言い残してバベルの姿がかき消える。
次の瞬間、そこかしこで血しぶきが舞う。
「トリちゃん、バベルのあれは魔法ですの?」
『いや、あれは魔法というよりも神としての権能であるな』
「では真似できませんか?」
『今のままでは無理であるな。主が肉体を捨てるのなら造作もないが…………』
「なら、やめておきます」
『うむ。その方がいい』
他愛のない会話をしていると、騎士たちが馬で駆けつけてくるのが見えた。
「バベル、どうですか?」
『これで最後であるよ』
その答えに満足そうに頷くと、おじさんは短距離転移を使って騎士の前へ。
突如として姿を見せたおじさんに驚くも、ゴトハルトの命令で騎士たちは一斉に停止する。
「ゴトハルト、陸側の魔物は殲滅しました。あとは大河の魔物だけですわ!」
「ハ。我らにお任せいただけますか?」
「そうですね、少しだけ手助けしましょう」
「ヒ・イトゥー・ガーヤ・ギア・チョー・ウ・ホーロ・ホーロ」
おじさんが詠唱をする。
「見ることの叶わぬ恐ろしき息吹、麗麗たる王者、吹きすさぶ極北からの白風」
パン、とおじさんが手を打ち鳴らす。
「七つの掟を破れ、ティングーモンの頂よ、今ここに顕現せよ!」
【
それは氷でできた蓮の花であった。
つぼみである蓮の花が開いていくのと同時に周囲が凍っていく。
ものの数秒もかからないうちに、大河が凍てついてしまう。
それによって魔物はほぼ身動きがとれなくなった。
「これなら足下を気にせずに戦えるでしょう」
おじさん、いい仕事をしたとばかりに、ニッコリと微笑んでしまう。
だが、隊長をはじめ騎士たちは唖然としていた。
大河を凍りづけにするなど非常識にもほどがある。
「うひょーちべてえ」
そんな中で空気を読まないが副長であるシクステンだ。
河の畔におりて凍った水面を触っている。
「じゃあいっちょやってきますか!」
腰の剣を抜きながら走る。
そして、一歩目で盛大に前につんのめって転んだ。
「お嬢様! すべるっス!」
鼻血をたらすシクステンを見て、おじさんは苦笑しながら魔法をかけてやる。
祖母が祖父に使っていた移動補助のためのものだ。
「あざっス! さぁ仕切り直し……だああああああああ」
転けなかったものの氷の上をスベっていく副長である。
そんな姿を見て、騎士たちの気分も変わった。
「いくぞ!
隊長の号令に“応”と返答をして騎士たちが魔物の群れに襲いかかった。
フレメアが意識を取り戻したのは、二日後のことである。
見慣れた天井が目に入った瞬間、フレメアは飛び起きた。
「きゃ」
フレメアの側についていた侍女が驚きの声をあげる。
その声を聞いて女傑は口を開いた。
「
侍女の肩を掴んで、フレメアが聞く。
その声は切羽詰まったものであった。
自分が意思を失ってからどの程度の時間が経過したのか。
そして、魔物の大群はどうなったのか。
「つぅ……」
まだ頭が痛む。
それでも彼女は領主なのだ。
自分だけが寝ているなど、断じてできない。
「ご安心ください、フレメア様。
「はぁ?」
にわかには信じがたい事実が告げられた。
それが自分に休息をとらせるための方便だと、フレメアは思ったのだ。
「どういうことだ? ハリエット様の援軍が間に合ったのか?」
掴んだ肩に力を込められて、少しだけ侍女は顔をしかめる。
それでも文句をつけることはない。
自らの主人が何を考えているのかわかるからだ。
「いいえ。めがみ……ごほん。リー様がすべて解決してくださいました」
「は? リーが? なんで?」
予想外の名を告げられて混乱するフレメアである。
「ちょうど王都へとお帰りになる途中だったようです。偶然ですが、ハリエット様にだした使いと遭遇して事情を知り、救援に駆けつけてくれたのですわ。…………お空を飛んで」
最後に余計なことを付け加える侍女である。
「そのお姿はまさしく天上に住まう美姫。凜々しくも美しく、揺るぎない強さを持っておられました。防壁の外を一瞬で白銀の世界に変えられたのです。ああ! なんてステキなんでしょう! あの御方こそが勝利の女神様ですわ」
身をクネクネさせながら言う、侍女の目がハートマークになっている。
「う、うん。そうなんだ」
その様子にドン引きするフレメアであった。
「で。リーはどこに?」
そう。
助けてくれたのだ。
礼をせねばならない、とフレメアは思った。
「もう既に出立されましたわ。のんびりしていると王都で学園が始まってしまうと」
「なに!?」
「昨日、王都にむかわれましたわ。フレメア様によろしく、と」
「他にはなにか言ってなかったか?」
「そう言えば…………なにか仰っていたような」
はて、と言ったように侍女が首を傾げる。
「申し訳ありません、フレメア様。私、フレメア様のお世話で手一杯でしたので」
しれっと嘘をつく侍女である。
本当は
「そ、そうか」
まだ覚束ない足取りで、フレメアは部屋を出ようとした。
「どちらへ?」
侍女が聞く。
「ちょっと外の様子を見ておきたくてね」
「お供いたします」
侍女の手を借りながら、フレメアは防壁の上にのぼる。
そして、見てしまった。
一面を白銀に変えたというおじさんの魔法の痕跡を。
あの後も一切変わっていない魔物の群れ。
ガッチガチに凍ったままである。
さらには眼下に広がるバカでかい穴。
穴、いやさ大地に穿たれた溝を。
「リーいいいいいいいいい! この穴をどうやって埋めるんだい!!!!」
“あとかたづけもお願いいいいいい”と叫んでしまうフレメアであった。
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