第264話 おじさん百鬼横行相手に無双する


「わたくしの名はリー=アーリーチャー・カラセベド=クェワ! カラセベド公爵家の長女です。アルテ・ラテンの皆、よくがんばりました! あとはすべて任せなさい!」


 おじさんが拡声の魔法を使って宣言する。

 滞空するおじさんの背後に、夥しい数の魔法陣が出現した。

 

「トリちゃん、全開でいきますわよ!」


『承知! 狙いはこちらでつける』


【氷弾・改三式】


 それは篠突く雨のようであった。

 無数の魔法陣から、これでもかというくらいに氷弾が射出されていくのだ。

 椎の実のような紡錘形をした氷弾は魔物を貫く。

 地面に突き刺さったものは周辺を急速に凍らせてしまう。

 周囲一面、すべてが氷で覆われたかのような世界になってしまう。

 

 アルテ・ラテンの騎士たちは、思わず息を呑んだ。

 真夏だと言うのに目の前には白銀の世界が出現したのだから。

 こんなことはありえない・・・・・

 

 時間にすれば、ほんの数分のことだったのだろう。

 しかし、それは永遠のように長く感じてしまう。

 

「おいおい、とんでもねえのがいるじゃねえか」


 氷原となった場所から声が聞こえてくる。

 しかし、おじさんの目はごまかせない。

 レグホーンと同じく陰魔法を使っているのだ。

 

「姿を見せなさい、邪神の信奉者たちゴールゴーム!」


「ふはは、なんだそこまでバレてるのかよ」


 姿を見せたのは黒いローブ姿の男だ。

 ただし、やけに身長が低い。

 まだ子どもだと思ってしまうほどに。

 

 声の感じからすると、もっと年配かとおじさんは思ったのだ。

 だからイメージがずれる。

 それが気持ち悪い。

 

「オレは邪神の信奉者たちゴールゴーム三巨頭が一人、レグホーン様の配下筆頭。死霊魔導士ネクロマンサーのボボボール! 小娘、オレの邪魔をした罪を数えて震えろ!」


「ボボボボール?」


「ちげえ! 一個多いんだよ!」


 ちぃと舌打ちをしながら、ボボボールが叫ぶ。

 

「オレをナメた奴は赦さねえぞ!」


 パン、と両手を合わせてから地面に手をつける。

 

「蘇りやがれ、下僕ども!」


【屍鬼操法】


「トリちゃん……」


『うむ……あやつは特大のバカであるな』


 おじさんの氷弾の犠牲になった魔物たちの死骸は無数にある。

 だが、それはすべて凍りついているのだ。

 ガッチガチに。

 

 それはとりもなおさず、おじさんの魔法の影響下にあるということだ。

 つまり、屍鬼操法という魔法で上書きしたいのなら、おじさん以上の魔力が必要になる。

 要するに神でも連れてこいって話なのだ。

 

【屍鬼操法!】


【屍鬼操法!!】


【屍鬼操法!!!】


 リモコンが反応しないとき、なんども押してみる人みたいだとおじさんは思った。

 しかも反応しないとみると、思いきり力をこめてボタンを押すタイプだ。

 

「なんでだよ! なんでだよ!! なんでだよ!!!」


 ボボボールが地団駄を踏む。

 その姿は滑稽なものであった。

 防壁上の騎士たちからも失笑がもれる。

 

「今、オレを笑ったな?」


 戦術としてはまちがっていない。

 魔物の群れを率いさせるのに死霊魔導師ネクロマンサーほど都合のいいものはない。

 死んだ魔物を片っ端から屍兵として再利用できるのだから。

 

 だが、おじさんとはすこぶる相性が悪い。

 失楽園ロスト・アルカディアで虚空に飛ばされた魔物の死体は残らないのだ。

 さらには氷弾で凍りついてしまっている。

 

 よってボボボールの手下はゼロ。

 空前絶後のナッシングなのである。

 

 おじさんは思う。

 なぜ、わざわざ姿を見せたのか、と。

 隠れていればよかったのだ。

 

 なのに姿を見せて、自己紹介したのである。

 よほど承認欲求が強い、と見る他なかった。

 

「ち…………ちっくしょー! よくもこのオレ様に恥をかかせやがったな!」


 ビシっとおじさんを指さすボボボールであった。

 

「その罪、万死に値する! 見せてやろう、これがオレの切り札だ!」


 ボボボールは叫んだ。

 心の限り。

 

【強力招来! 超力招来! 身魔降臨!】


 ボコっとボボボールの身体が泡立つ。

 彼の小さな身体が崩れ落ちていく。

 そして、なにも起こらなかった。

 

 本来なら。

 屍鬼操法の支配下にある魔物の死体が集まり、ひとつの形をとるのだ。

 そこに死霊魔導師ネクロマンサーであるボボボールが憑依をする。


 しかし、彼は激しい怒りによって忘れていた。

 自らの屍鬼操法が一切通用していなかったことを。

 

 半透明になったボボボールが姿を見せる。

 

「見ろ! この素晴らしい肉体を! 魔物の死体から生まれた超筋肉!」


 誰かがその台詞を聞いて、“ぶふー”と吹きだした。

 堪えられなかったのである。

 それは大勢に伝播していく。

 

「なにがおかしい! オレを笑うんじゃねえええ!」


「ちょっと自分の姿を見てごらんなさいな」


 おじさんの声に“なにがだ!”と言いつつ視点を落とすボボボールである。

 

「あるぇえええ?」


 その姿にまた爆笑が巻き起こった。


「トリちゃん」


『うむ。かなり気の毒な奴である。我が葬ってやろう』


清浄なる戒律の福音セラフィック・コマンドメンツ!】


 ダンジョンにて隠しボスを問答無用で葬った神聖魔法である。

 それが半透明になったボボボールに直撃した。

 

「うぼああああ」


『残念な奴だったのである』


 トリスメギストスの言葉にはおじさんも頷くしかなかった。

 死霊魔導師ネクロマンサーという力をまったく発揮できなかったのだから。

 

「さて、これで陸側は大丈夫ですわね」


『うむ。念のために小鳥を放っておこう』


「大河の方を任せたバベルはどうです?」


『うむ。特に手こずってはおらんようだが……様子を見に行くか』


 首肯するおじさんであった。

 だが、その前にすることがある。

 

「アルテ・ラテンの皆、よくやりました。この勝利はあなたたちのものですわ!」


 おじさんの声に騎士たちときの声をあげるのであった。

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