第263話 おじさん百鬼横行に参戦する
その日、フレメアは書類仕事に忙殺されていた。
なにせギルヴジヴ峡谷の開発計画の真っ最中なのだ。
新しく町を作ることなんて、初めての経験である。
そのためフレメアはトルーン家の文官や商人たちと協議を重ねてきた。
商人たちは献金をして、少しでもいい場所に店を構えたいと協力しているのだ。
それでも人手が足りない。
武官寄りのフレメアにとっては地獄のような日々である。
しかし家のことを思えば、やらざるを得ない。
と言うことで、フレメアは日々ストレスをためながら書類にむきあっていた。
会議と会議と書類仕事。
いい加減にうんざりしていたところで、フレメアは聞いたのだ。
「規模は?」
がたり、と音を立てて立ち上がったフレメアは確認する。
「陸側と大河の両方から魔物が迫っております。数は数千以上かと」
その報告を聞いて、フレメアは舌打ちをした。
自分が経験してきた中でも、最大規模だ。
「民たちは逃がせない、か。ならば守るしかないね」
少し逡巡してからフレメアは告げる。
「決死隊を募れ。ハリエット様に応援を頼む。急げよ」
“ハ”と言葉を残して報告にきた騎士が退室する。
フレメアは目を閉じた。
そして、実に好戦的な笑みをうかべる。
「やってやろうじゃないか! 誰一人傷つけさせるもんかい!」
気合い十分。
書類仕事で鈍った身体を動かすのにはちょうどいい機会だ。
「文官たちは籠城計画を練れ」
と残して執務室をでて行こうとする。
そこで文官から声がかかった。
「どちらに?」
「なに、軽くひと当てしてくるだけさ」
獰猛な表情を見て、文官たちは悟る。
これはもう何を言っても聞きそうにない、と。
「御武運を」
だから、そう言って赤髪の女主人を送りだしたのである。
「ハッハー! うじゃうじゃいるじゃないか!」
自慢の愛馬に跨がったフレメアが魔法を撃ちこむ。
そこかしこで爆音が鳴り、魔物が吹き飛ぶ。
しかし、いっこうにその数が減ったとは思えない。
「フレメア様」
騎士の一人が馬を隣にならべる。
下馬しようとしたのを見て、フレメアがとめた。
「馬上にて失礼いたします。大河からも魔物が進行しておりますが、漁師たちの協力もあって多少は遅らせることができるかと」
なら、陸側の魔物を殲滅するのが先か。
しかし、防衛を考えると攻撃側に戦力を割くのは難しい。
どうしたものかと思う。
消極的なのは性に合わないが、領都からの応援がくるのを待つべきか。
そんなことを考えながらも、フレメアは魔法を撃ちこんでいた。
「よし、ここで退く。籠城するよ」
そこから丸一日が経過した。
間引いてはいるが、
時間が経過するごとに、不利になっていくと感じるフレメアである。
ここで一か八かでうってでるか。
恐らくそれは悪手だ。
とは言え、このペースだと保ってあと二日というところだろう。
じわじわと削られていくような焦燥を覚える。
だが、ここで短気を起こしてはいけない。
どちらが長く息をとめていられるのかの勝負なのだ。
焦りは禁物である。
フレメアにできることは領都からの援軍が、少しでも早くくることを祈るだけであった。
それでも前線に立ち、騎士や自警団として協力を申し出た民たちの士気を保たせる。
魔物の構成に変化があった。
二日目になって、そのことに気づいたのはフレメアである。
これまでは小型の魔物が多かったのだ。
それが中型から大型が目立つようになっている。
むこうの戦力が上がっているのだ。
「私が前にでる。限界まで魔法を使うから後は頼んだよ!」
フレメアは覚悟を決めた。
長年の勘が、ここが分水嶺だと囁いたのである。
アルテ・ラテンの防壁の上に立ち、大物にむけて魔法を放つ。
確かにフレメアの魔法は強かった。
だが、多勢に無勢であるのだ。
数が減らない。
いや、減ってはいるのだ。
騎士たちも限界が近い。
息がきれる。
視界が朦朧としておぼつかない。
それでもフレメアは魔法を撃ちこむ。
「負けてたまるかってんだああああ!」
特大の炎の塊を三つ。
それがフレメアの限界だった。
力が抜ける。
視界が暗転する。
その瞬間にフレメアは見た。
空にうかぶ女神の姿を。
なぜか理由はわからないが、それは味方だと思ったのだ。
「ド・ラグ・スー・レイヴ・ラ・グナー・ヴー・レイド・ザム・ディン!」
それはどこか戦場には場違いな歌声のような詠唱であった。
誰もが空を見る。
そこには鎧姿の女神がいた。
太陽を背にキラキラと輝く鎧をまとった女神は歌う。
同時に、防壁に迫る魔物たちを積層型の立体魔法陣が包んでいく。
【
カッと積層型の立体魔法陣が光った。
その一瞬で魔物は消えていたのだ。
否、魔物だけではない。
底が見えない穴が穿たれている。
これで魔物の群れが分断された。
陸側の
それは正しく神の御業だと思えるものだった。
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