第262話 おじさん王都にむけて出発する
その日、おじさんたちは領都から王都にむけて出発した。
長期休暇もそろそろ終わりが見えてきたのだ。
領都で羽を伸ばすことができたし、色々と収穫もあった。
転移陣を使えば一瞬だが、さすがにそんなわけにはいかない。
と言うことで、おじさんと弟妹たちは騎士たちと王都に帰ることにした。
祖父母に抱きついて離れない妹であったが、今は馬車の中で兄姉と頭を突き合わせている。
おじさんが用意した立体に見える本は絵本だけではなかった。
昔懐かしのゲームブックタイプのものも用意したのだ。
物語を進めていくのに選択肢があって、Aなら何ページにBなら何ページと指定されている。
その選択肢によって結末が変わるのだ。
「にーさま! そにあはこっちだとおもう」
「ん!」
アミラも妹の意見に賛成のようだ。
「さっき同じような選択肢で失敗しただろ? なんですぐに戦いたがるんだよ」
メルテジオは慎重派のようである。
「えー! さっきとおなじじゃないよ」
「メルテジオはビビりすぎ」
「いやビビるとか、そういう話じゃないって。絶対こっちだと思うんだけどなぁ」
と言いつつも、二対一の状況では折れるしかない弟であった。
「…………まものはかくしていたちからではんげきする」
妹がページをめくって声をだす。
続きをアミラが読む。
「あなたたちは全滅した…………」
「きいいいいいいい!」
妹とアミラが奇声をあげる。
「だから言っただろう? 慎重にいった方がいいって」
「ねーさま! このほん、おかしい」
妹がおじさんに抗議をする。
おじさんは侍女に淹れてもらったお茶を優雅に飲んでいた。
「トリちゃんが作ったのですから、喚んであげますわ」
トリスメギストスが一瞬で召喚される。
「とりちゃん! なんでいじわるばっかりするの!」
『む。妹御よ、なんのことだ?』
アミラと妹がトリスメギストス相手にぷんすか怒りながら、文句を言っている。
それだけゲームブックにハマっている証拠だ。
『い、いや我はだな。なにがあるかわからない迷宮での行動の真実をだな…………』
「メルテジオ、お茶でも飲みませんか」
一人、その騒動から離れている弟をテーブルに呼ぶ。
「領都はどうでしたか?」
お茶請けに手を伸ばす弟を見つめつつ声をかける。
「うん。楽しかった。馬にも乗れるようになったんだ」
王都ではやりづらいこともある。
そうしたことを中心に、弟は領地での日々を過ごしていたようだ。
「お祖父様とお祖母様に魔法も教えてもらったし、騎士たちとゴブリン退治もしたよ」
すごく勉強になったと言わんばかり笑顔であった。
「がんばりましたね」
弟の頭を優しくなでるおじさんであった。
「次からは転移陣を使えるから便利ですわよ。いつだって行き来できますから」
「うん。お祖父様と約束したんだ、今度、相伝魔法を教えてくれるって」
「楽しみですわね」
などと姉弟の会話をしていると、トリスメギストスが割りこんでくる。
『主よ、妹御に常識というものを身につけさせるべきである』
「なにを…………」
おじさんが言葉の途中でとめる。
馬車の外から慌ただしい雰囲気を感じとったからだ。
そして騎士隊長の声が聞こえた。
「お嬢様、よろしいでしょうか?」
「かまいません。なにかありましたか?」
侍女に案内されて入ってきた隊長が片膝をつく。
「先ほど物見に放っておりました騎士が、アルテ・ラテンからの使者と鉢合わせまして」
おじさんは無言で頷く。
アルテ・ラテンと言えば、赤髪の女傑フレメアが治める町のことだ。
「現在、アルテ・ラテン付近で
要は魔物の氾濫である。
ただしアルテ・ラテンの場合はちょっと特殊だ。
なにせ大河のほとりにあるのだから。
陸と大河からだと挟み撃ちにされてしまう。
またぞろ
「使者の方は無事ですの?」
隊長が首肯する。
「わかりました。わたくしが先行します。ゴトハルト、あとは任せます」
ハッと言い残して隊長がでていく。
「ねーさま!」
妹が叫んだ。
とても心配そうな顔である。
「ソニア、わたくしはきっと帰ってきます。アミラ、結界は張れますわね」
「ばっちり。魔力も十倍!」
親指をグッと立てるアミラである。
「メルテジオ。いざというときはあなたが守るのですよ」
弟は覚悟に充ちた目でこくんと首肯する。
「ソニア、わたくしのことを信じてくれる?」
妹がぎゅうとおじさんに抱きついた。
『主よ、あれを使うか』
「ちょうどいいですわね」
妹の頭を優しくなでて、おじさんは身を離した。
パチンと指を鳴らす。
おじさんの身体には白金に輝く鎧が顕現していた。
アクエリアスとアンドロメダである。
その神々しいまでに美しい姿に、その場にいた侍女たちが“ほう”と息を漏らす。
――約束された勝利をもたらす女神。
そう思わせる雰囲気がある。
馬車の外にでるおじさんだ。
隊長以下、騎士たちが全員片膝をつく。
凜々しくも美しい。
その姿は気高く、見る者を圧倒した。
「アルテ・ラテンで
おじさんは騎士たちを見る。
「誰も居ませんわね。さすがは我が騎士たちです。リー=アーリーチャー・カラセベド=クェワの名において、あなたたちに勝利の約束をいたしましょう。アルテ・ラテンの民たちを守るのは、あなたたちですわよ。では、ゴトハルト任せました」
隊長は胸にこみあげる熱いものを堪えて返事をする。
油断をすれば、歓喜にあふれてしまいそうだ。
この御方さえいれば、我らに敵などいない。
ふつうはありえないのだ。
時間稼ぎがせいぜいだろう。
逃げるという選択肢はない。
が、消極的な戦術をとらざるをえない状況だ。
それでも一切の迷いがない。
魔物の数が圧倒的に多かろうと、そんなことは問題にすらならないのだ。
なぜなら
おじさんは耳にある飾りを指で弾く。
ミヅハにもらった物ではなく、風の大精霊であるヴァーユにもらった物だ。
それには特殊な魔法が施されていた。
【天津風ノ調】
ふわり、とおじさんの身体が浮いた。
空を自由に飛ぶための魔法である。
「ちょっとぶっ飛ばしてきますわ!」
トリスメギストスとともに、空へと消えていくおじさん。
その姿を見て、本気で祈りを捧げる者たちもいた。
隊長は立ち上がり、腹の底から声をあげる。
「お嬢様だけに任せてしまっては、我らが名折れぞ! いざアルテ・ラテンへ!」
“応”と騎士たちの声が揃う。
どいつもこいつも目つきが危ない。
まるで、怪しげな薬でもキメたかのようだ。
「ゴトハルト様」
側付きの侍女が声をかける。
「我らはこの場にとどまり、メルテジオ様たちをお守りします」
公爵家の侍女たちは素人ではない。
さらにアミラの結界まであるのだ。
「こちらのことはお気になさらず」
ぎゅうと血がにじむほどに手を握りこむ侍女である。
その心意気に隊長は、つい口を開いていた。
「リー様には傷一つつけさせんと約束しよう。そなたの思いは私が背負う」
その言葉に一礼して、下がる侍女であった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます