第260話 おじさんのいない薔薇乙女十字団の一幕


「おーほっほっほ!」


 薔薇乙女十字団ローゼンクロイツの部室に戻ってきた聖女が高笑いをする。

 

「やったわ! これでいずれ学園はアタシのもの!」


 聖女が拳を突き上げる。

 嬉しいのだろう。

 ムーンウォークのできそこないのようなステップを踏む聖女だ。

 

「なにがそんなに嬉しいのです? 私は面倒ごとが増えるだけだと思うのです」


「なに言ってンのよ、パティ。会長たちが引退したら学生会は薔薇乙女十字団ローゼンクロイツのものよ。天下とったの! とったどーなの!」


 アルベルタ嬢がウンウンと頷いている。

 ただひとつだけ看過できないことがあった。

 

「エーリカ、あなたのものではありません。リー様のものです」


「ったく、いいじゃない。ちょっとくらい」


 有頂天に水を差された形の聖女である。


「さて、まずはお断りの準備をしなくてはいけませんわね」


 そんな聖女を見つつ、アルベルタ嬢が言う。


「え? 断るのです?」


「天下とるんじゃないの?」


 パトリーシア嬢と聖女が驚いたように視線をむけた。


「いいえ最終的には受けいれます。ですが、今の状況から言えば、条件をつりあげるのは難しくありませんから」


 学生会は運営を滞らせるわけにはいかない。

 今なら条件次第では、おじさんを副会長にねじこむこともできる。

 いや、あの会長の態度であれば、一気に会長に就くこともできそうだ。

 

 薔薇乙女十字団ローゼンクロイツに関わりたくないと、他の生徒は辞めたのだ。

 そして、次に手をあげる者もいないと言う。

 だからやむにやまれず、薔薇乙女十字団ローゼンクロイツに声をかけた。

 

 本当は現状のままで抑えておきたかったはずだ。

 おじさんとアルベルタ嬢、それに聖女の三人。

 

 この三人を学生会で押さえておけば、なにかあってもコントロールできる。

 そう考えていたのだと思う。

 だが蓋を開けてみれば、薔薇乙女十字団ローゼンクロイツは規格外だったわけだ。

 

 そのことに怖じ気づいたのである。

 どんなに利を説こうが、最終的に暴力で覆されてはたまらない。

 これまでは突出した暴力がなかった。

 

 だが、薔薇乙女十字団ローゼンクロイツがそれを変えてしまったのだ。

 恐らく学生会から薔薇乙女十字団ローゼンクロイツに席を移そうと考える者もいるはずだ。

 そうした者たちを取りこむべきか。

 

 アルベルタ嬢からすれば、所詮は日和った者である。

 そうした者はいつだって保身を考えるのだ。

 よく言えば時勢を見極める目を持ち長いものに巻かれるタイプ、悪く言えば裏切ることに抵抗がない。


 それもまた力なき者の生き方だと言えるだろう。

 貴族として情けなくはあるが、悪いとは思わない。

 生き残ることを優先するのも考えのひとつだから。

 

 アルベルタ嬢は目を閉じて、考えを巡らせる。

 どうすれば最も薔薇乙女十字団ローゼンクロイツの利益になるのかを。

 リターンとリスクを天秤にかけ策を練る。

 

「ねぇパティ。アリィってガチ勢なの?」


「ガチ勢の中のガチ勢なのです」


 どちらかと言えば、聖女やパトリーシア嬢はエンジョイ勢である。

 薔薇乙女十字団ローゼンクロイツは大切だ。

 おじさんのことも大好きだ。

 大事な場所だし、守るべき存在と思っている。

 

 だが、政略的なことよりも皆で楽しみたい派だ。

 むろんそれはアルベルタ嬢も変わらない。

 ただし彼女の場合は少し方向性が違う。

 

 どうせならよりいい立場をと考えてしまうのだ。

 それは高位貴族の娘として産まれ、そうした教育をうけてきたからだとも言える。

 つまり重心をどちらにかけているのかといった違いだ。

 

 政争とは戦いである。

 戦いには戦術が必要なのだ。

 そして戦術に卑怯もクソもないというのが、アルベルタ嬢が受けてきた教えであった。

 

「……リー様と相談したいですわね」


 自分一人で決められないことが多すぎる。

 否、決めたところでおじさんは文句を言わないだろう。

 だが、もし意に沿わぬことであったのなら。

 

「アリィ! いったんそのことは横に置くのです!」


 パトリーシア嬢がアルベルタ嬢の腕を引いた。

 

「急にどうしたのです?」


「なんだか蛮族の親分みたいな悪い顔をしてたのです」


 その言葉にアルベルタ嬢はプッと吹きだしてしまった。

 

「誰が蛮族の親分ですか」


「じゃあエーリカみたいだったのです」


「ああん? この乙女の中の乙女、聖女エーリカのどこが蛮族なのよ!」


“失礼しちゃうわ”と、腰に手をあてて怒る聖女だ。


「エーリカはダンジョンに行くのを、“これから一緒に殴りにいこうか”って誘うのです」


「指でコップをかきまぜるし」


「いっつも手で食べ物をとるのです」


「そうそう」


「お肉を両手で確保するのが得意なのです」


「的確に狙っている物を奪っていくわね」


 アルベルタ嬢とパトリーシア嬢の二人が盛り上がる。

 一部の女性に見られる小姑的なところがでてしまった。

 それをプルプルと震えながら聞いた聖女が叫ぶ。


「ひ、人の欠点をあげつらうなんて…………おめーらの血は何色だ!!」


“そこになおれぇい! 聖女聖拳のサビとしてくれるわ!”と聖女が手刀を構える。


「きゃああああ。エーリカが怒ったぁ」


「シャウウウ、ヒョオ!」


 嬉しそうに声をあげて、部室の中をパトリーシア嬢とアルベルタ嬢が逃げる。

 二人を追いかける聖女。

“きゃあきゃあ”と明るい声が響く。

 

 なんだかんだで、おじさん抜きでもきゃっきゃうふふしている薔薇乙女十字団ローゼンクロイツであった。

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