第259話 おじさんのいない薔薇乙女十字団が学生会に呼びだされる


 炭酸水を手でまぜるという蛮行をした翌日のことである。

 薔薇乙女十字団ローゼンクロイツに学生会から招集がかかった。

 

 と、言うことでおじさんを除いた主要メンバーの三人は学生会の部屋にいた。

 

 どぉんと真正面に座るのは会長のキルスティである。

 ライトグリーンの髪に翡翠色の瞳をした眼鏡女子だ。


 だが、心なしか表情に陰りがあるのが見える。

 両脇に立つ副会長二人もげっそりと頬がこけていた。


 改めて学生会三人を見て、薔薇乙女十字団ローゼンクロイツの三人はギョッとしてしまう。


「わざわざすまないわね」


 会長の声にも以前のような覇気が感じられない。

 むしろどこか険を感じてしまう面々である。

 

「ええと…………なにかございまして?」


 アルベルタ嬢が代表して、恐る恐るといった感じで聞いてみる。

 その言葉に会長の目にキッと力が入った。

 

「なにかございまして? じゃないんだけど!」


 いきなり声を荒げられて、面食らってしまう三人だ。

 

「おっと! 会長、気持ちはわかるが堪えてやんなよ。いきなりじゃわかんないって」


 シャルワールが止めに入る。

 薔薇乙女十字団ローゼンクロイツがケンカを売られたときにいた先輩だ。

 

「そうですよ。それに頼み事をする相手にその態度はいただけませんね」


 もう一人の副会長であるヴィルも間に入る。

 

「失礼。ちょっと会長のご機嫌がよろしくないようですので、私から話しましょう。シャル、会長のことを頼みます」


 と、軽く一礼してみせる。

 優雅な動きではあるが、場にそぐわないような気がしないでも三人だ。

 

「さて、結論から伝えるとですね、薔薇乙女十字団ローゼンクロイツから学生会に人をだしてほしいのですよ」


 アルベルタ嬢が理由を促すように、ヴィルに対して軽く目で頷いてみせる。

 

「理由はですね、先日行なわれた魔技戦にあります。言葉を繕わずに言うと、あなたたちを皆が恐れてしまったのですよ。それで学生会を辞してしまった。残ったのは我ら三人。つまり圧倒的に人手が不足しています」


「恐れる? 私たちを?」


 と、聖女が言う。


「んー怖がられるようなことはしてないのです」


 パトリーシア嬢も続く。


「用向きは理解しましたが、学生会的にはかなりマズい状況ですわね。私たちにとっては好都合ですが」


 アルベルタ嬢が指を顎にあてながら呟く。

 

「まぁかんたんに言うと、やりすぎちまったってこった」


 シャルワールが口をはさむ。

 

「自覚してほしいんだけど! 本当になんなの! ねぇ、あなたたちはなんなの!」


「おちつけって、会長」


 魔法戦術研究会は学園内では名が通っている。

 その中でも将来を有望視される二年生の三人は、学年ではトップの実力を持つ者たちだ。

 たった一年しか違わないと侮ってはいけない。

 

 一般的な学生は、学園にて魔法を使った戦闘のイロハを教わるのだから。

 そもそもおじさんちのように、魔法の訓練場が実家にある方がおかしい。

 特に領地を持たない法衣貴族はそうだ。

 

 在地領主である貴族家でも、専用の訓練場など持つものはわずかである。

 作るのにコストもかかれば、維持にも金がかかるのだから。

 

 なので、学園に入る前に魔法を学ぶが、あくまでも発動するまでの基本のみ。

 実践的な魔法の使い方などは学園で学ぶ。

 

 もちろん例外はいる。

 王族や高位貴族の令息や令嬢たちだ。

 他にも軍務閥の貴族なら、王都にある訓練場をコネで使わせてもらえる。

 あるいは辺境にて魔物との戦いが身近にある者なども該当するだろう。

 しかし、そんな者は限られている。

 

 つまり学年が違うということは、大きなアドバンテージになるのだ。

 しかし、軽々と薔薇乙女十字団ローゼンクロイツは越えてきた。

 絡んできた魔法戦術研究会を、真正面から返り討ちにしただけではない。

 全員・・が学園長相手に試合の形が作れるほどの実力があった。

 

 ぜんぶ、おじさんのせいである。

 もちろん薔薇乙女十字団ローゼンクロイツメンバーの努力もあるだろう。

 だが、そのきっかけを作ったのはうっすらと青みががかった銀髪にアクアブルーの瞳をした超絶美少女おじさんなのだ。

 

 で、学生会に所属していたメンバーは考える。

“こいつらヤバい”と。

 一年の段階でこれなのだ。

 

 学年が上がればさらに実力を増していく。

 となると、またちょっかいをかける者たちがいれば全力で潰しにいくだろう。

 それに学生会はイヤでも付きあわないといけない。

 

 逆に薔薇乙女十字団ローゼンクロイツから、無茶ぶりされたらどうだ。

 暴力を背景にごり押しされる案件がでたら。

 

 と、なるとだ。

 胃が痛くなるような生活が学生会に所属する間は続いてしまう。

“それはイヤだ”と意見の一致をみたのである。


 で、辞めていく者が続出したのだ。

 

 ちなみに一年王太子組は俎上にのぼっていない。

 なぜならあの騒動のあとで、学園は休学する・・・・・・・と通達があったからだ。

 大人の事情であるが、学生会には通達されていた。

 

 その後に、学生会メンバーが次々と辞していったわけである。

 

「ここで薔薇乙女十字団ローゼンクロイツの総意としてお伝えすることはできません。しかし、私個人としては承りたいと前向きに考えていますわ。再度確認しますが、よろしいんですの?」


 アルベルタ嬢がニヤリとわらう。

 他の学生会メンバーが辞めた。

 そして、薔薇乙女十字団ローゼンクロイツに人をだせと言う。

 

 ならば、今代の会長や副会長が引退すればどうだ。

 薔薇乙女十字団ローゼンクロイツが学生会を仕切ることになる。

 つまりは学園の天下を取れるのだ。

 

 それでもいいのか、とアルベルタ嬢は念を押したのである。

 

「かまわん、かまわん」


 シャルワールがもはや諦念をこめたように言った。

 

「仕方ないんだけど! こっちだってそれくらいわかっているんだけど!」


 会長はもう涙目である。


「…………ということです。こちらも問題点は把握しています。しかし、現状どこに声をかけてもいい返事がいただけなかったのですよ。ならばあなたたちに関わってもらうしかありません。学生会が機能不全に陥ることは避けねばなりませんからね。ああ、安心してください。学園長にも相談ずみですから」


「畏まりました。リー様が戻られましたら、我らの総意を確認いたします。その後に正式な返答をさせていただきますわ」


「もう! なんで私の代でこんなことが起きるのよ! 理不尽なんだけど! 理不尽なんだけど!」


 会長が爆発した。

 アルベルタ嬢は思う。

 やはり上に立つ者としての器がちがう、と。 

 薔薇乙女十字団ローゼンクロイツの文句はわたくしに、と宣う超絶美少女おじさんが想起されたからである。

 

 そう。

 もしもおじさんが会長であったのなら。

 そして、自分たちを脅かすような存在がいたとしても。

 誰一人薔薇乙女十字団ローゼンクロイツから離脱する者はいない、と確信できる。

 

 そんなことを考えながら、学生会の部屋を退室したのであった。

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