第257話 おじさんのいない王都で父親が自慢する


 王城にある王の私室にて、いつもの三人組が集まっていた。

 国王、宰相、父親の三人だ。 

 それに加えて、今日は遠征から戻ってきた軍務卿ことサムディオ公爵家の当主まで加わっている。


 名をドイル=ガース・オルトナス=サムディオと言う。

 軍務卿の名にふさわしく、この四人の中では最も大きな体躯である。

 

「どうしたのだ、スラン。このメンツを集めて報告があるとは」


 まだ、頬がげっそりとしている国王である。

 目的は既に達成しているのだが、まだ王妃からのお誘いがあるようだ。

 

「いえね、実はちょっと見ていただきたいものがありましてね」


 と勿体つけるような口ぶりで話始める父親である。

 

「うちのかわいい娘が贈り物をくれたのですよ」


「スラン、そのような自慢を聞かせるためにわざわざ集めたというのか。こっちはまだ報告書をまとめるのに忙しいんだぞ」


 その巨躯に見合った低音ボイスの軍務卿だ。

 

「クククク。そうやって結論を急ぐのは悪い癖だぞ、ドイル。うちのヴェロニカもよく言っていた」


「やかましい! いつまでその話をこするつもりだ!」


 この二人は学園の同級生なのである。

 そして、母親をめぐって青春時代を送った仲でもあるのだ。

 

“ハハハハ”と軽やかに笑って、父親はキッと目つきを鋭くした。


「書類仕事がいつまでも苦手ではいかんと思うがな」


「ええい! もうオレは戻るぞ!」


 二人のやりとりを見ていた宰相が口をはさんだ。

 

「はいはい。そこまでにしなさい。あなたたちが仲良しなのは知っていますから」


「仲良くない!」


 息がピッタリの二人であった。

 

「スラン、さっさと報告なさい。陛下も私も暇ではないのですよ?」


 宰相の言葉に頷く父親である。

 そして、左腕に輝く腕輪をこれ見よがしに掲げる。

 

【赤紗!】


 ペカーと光る腕輪。

 その光が大きくなり、父親を包む。

 次の瞬間、父親は天空龍シリーズの装備を身につけていた。


「おお!」


 椅子から立ち上がって声をあげたのは国王だ。

 

「なんだそれは! めちゃくちゃかっこいいではないか!」


 童心に戻ったように、はしゃいでしまうのも仕方ないだろう。

 男の子ってやつは幾つになっても少年の心は忘れないものだ。

 

「どうです、兄上。いいでしょう?」


 きらきらと黄金に輝く全身鎧。

 威厳のある獅子を象った胸甲がかっこいい。

 

「スラン! あるのだろうな? この兄の分も!」


「いやいや待て、陛下。これこそ軍務郷たるオレが着るものだろう!」


「待ちなさい。ここは内務を司る宰相こそが!」


「わはははは。愚かなことを言うでない! 国王たる我こそが!」


 騒ぎだす三人を前に、父親はどや顔が戻らない。

 さらにここでダメ押しすることにした。

 

「各々方、お静まりあれ」


 わざと仰々しい物言いをする父親である。

 

「こちらの剣も見ていただきたい!」


 腰に佩いていた片手半剣バスタード・ソードを鞘ごととる父親だ。

 それを兄である国王に差しだす。

 

 美しい装飾がなされた鞘と柄。

 それは宝珠を砕いて作られた魔紋だ。

 幾何学模様の図柄が美しく光る。

 

「……抜いていいのか、スラン」


 ごくりとツバを飲む国王である。


「銘はシャリバーン。天下無双の一品です。どうぞ、ご覧あれ」

 

 父親の声に頷き、その剣を抜く。

 その場にいた父親以外の三人から“ほう”とため息に似た声が漏れる。

 それほどまでに美しい剣であったのだ。

 シミ一つない純白の剣身には、魅入ってしまうような引力があった。

 

「兄上、ここで振るのはやめてくださいね」


「む。なぜだ?」


「王城が真っ二つになるかもしれないからですよ」


 少し大げさだが、父親は釘を刺しておくことにしたのだ。


「スラン! いくらだ! 言い値で買おう! ただしオレは槍を所望する」


 軍務郷が父親の肩を掴んで言う。

 その手を払い除けて、父親が少し苦笑するように言う。

 

「キミに払えるかな? ドイル」


「どういうことだ、スラン」


「いやね、この剣も鎧も素材のベースになっているのがね……」


 父親は一気に言わずにためる。

 

「……天空龍の鱗と牙なんだ」


“げえええええええ!”という驚きの声が重なった。


 父親以外の三人とも白目である。

 天空龍なんて存在はおとぎ話の中のものだ。

 それが実在するだけではなく、素材として使われている。

 いや、これが正常な反応なのだ。

 

 腹を抱えて笑うなどそっちの方がおかしい。

 父親は心の底からそう思うのである。

 

「ちょちょちょ、ちょっと待ちなさい、スラン」


 宰相が言う。

 

「リーは? リーは問題ないのですか?」


「もちろん。なにかあればヴェロニカとハリエット様がどうなるか想像できるでしょう?」


「う……ああ。そうだ、そうだね」


 宰相は容易に想像がついた。

 末の妹にはさんざん振り回されてきたのだ。

 特に身内に手をだされた時の苛烈さは、記憶から消したいものばかりである。

 

「まさかとは思うが、スランよ」


 国王が剣を手にしたまま口を開いた。

 

「天空龍の素材、どこかで偶然・・見つけたんだよな? 戦ったとか言わないよな!」


「……兄上、うちの娘をなんだと思っているのです! あの子は……」


“あの子は”と父親は繰りかえす。


「天空龍に求婚されたそうです」


 無言である。

 少し前あれだけテンションが上がっていたのに。

 誰も何も話さない。

 

「……で? どうなった?」


 どうにか口を開いた国王に対して、父親は真っ直ぐに目を見て言う。


「イラッときたのでボコボコにして断ったそうです!」


「う、嘘だよな。嘘だと言っておくれよ、スラン!」


 国王の問いに、胃の辺りをさすりながら、ゆっくりと首を横に振る父親であった。

 その姿を見て、宰相は末の妹に振り回されていた頃を思いだす。

 

 いや、末の妹どころではない。

 そんな話があったなんて。

 

「スラン、がんばりましたね。あとでいい胃薬を届けさせましょう。なに、祖父の代からお墨付きの魔法薬ですから効果は保証します」


 ごとり、と机の上に剣を置く国王である。

 そして無言で弟に近づき、その肩を抱いた。

 

 国王は思ったのだ。

 あの姪っ子の器は王妃どころではない、と。

 そんなものあの子にとっては足かせにしかならないだろう。

 

 婚約破棄をして正解だったのだ。

 息子キースに御せるわけがないのだから。

 

「いや、ちょっと待て。この装備をオレは買うからな! 絶対だぞ!」


 空気を読まない軍務郷の一言に、“そういうところだぞ”と宰相は思うのであった。

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