第253話 おじさん反省する


 公爵家の本邸にある一室にて、おじさんは祖父母とむかいあっていた。


「で、リーよ」


 しっかりと回復した祖父がおじさんに問う。

 

「それが邪神を信奉する者たち《ゴールゴーム》三巨頭の一人だと言うのか」


 あの後、バベルに救出された祖父母は迅速に治療された。

 その甲斐あってか、特に後遺症もなく復帰したのだ。

 そして今である。

 

 おじさんが帰還した。

 手乗りサイズの小さなヒヨコを伴って。

 

「そうですの。ちょっとやりすぎてしまったみたいですわ」


 ヒヨコではあるのだが、コカトリスの特徴は備えている。

 竜の翼にヘビの尻尾。

 しかし羽毛の色が真っ白になっていた。

 ついでに言えば鶏冠の色も真っ白だ。

 

「ピヨピヨ。ボクは悪いコカトリスじゃないよ」


 そう。

 今のレグホーンはこのセリフを繰りかえすだけになってしまった。

 やたらと媚びるような声で、と付け加えておこう。

 

「お祖父様もお祖母様も大丈夫ですの?」


「そっちは問題ないさ。リーの優秀な使い魔が活躍してくれたからね」


“よかった”とおじさんは、ぼそりと呟いた。


「わたくし、今回の件で反省しましたの」


「…………」


 祖父も祖母も答えない。

 おじさんが口を開くのを待っていた。

 

「大切な人を守るための力。その力がわたくしにはあると思いますわ。でも慢心していたのです。肝心なときにお祖父様とお祖母様に迷惑をかけてしまいました。とんだお馬鹿さんですわ」


 ぎりっとおじさんの歯が鳴る。

 その手は力強く握りしめられていた。

 

「なので――」


 おじさんの頭がぎゅうと抱きしめられる。

 祖母であった。

 そして祖母ごとおじさんを抱きしめる祖父だ。


「リー。ちぃとばかし腹に穴が開いたが、あの程度は戦じゃよくあることじゃ。じゃから気に病むな。ワシらは生きておる。それがすべてじゃ」


「確かにリーの言うように慢心していたのかもしれないね。だが、それでも自戒できるなら大したもんさ。でもね、リー。勘違いはしちゃいけないよ。あんたはまだ子どもだ。私らよりも強い力を持ってたってね、子どもなんだ。だから――迷惑をかけたなんて言うんじゃないよ。私らは子どもを守るためにいるんだからね」


「……ごべんなざい。お祖父様、お祖母様」


 泣きじゃくるおじさんの頭をなでる祖母である。


 おじさん、実はショックだったのだ。

 目の前で大切な祖父と祖母が倒れたのである。

 それも血を流しながら。

 

 今生の家族はおじさんにとって大切な宝物だ。

 前世では誰にももらえなかったものを、いくつも与えてくれた存在である。

 だから、絶対に傷つけさせないと誓ったのだ。

 

 しかし、おじさんの目の前でアレが起こった。

 油断、慢心、思い上がり。

 それが露呈したのだ。

 

 おじさんは思う。

 絶対に家族を理不尽なことで奪われたくないのだ。

 だけど、いつか自分には起こらないことだと思っていたのだろう。

 

 それは自身の能力の高さ。

 家族の能力の高さ。

 原因をひとつに絞るのは難しいだろう。

 

 だが、いくら能力が高いといっても今回のようなことはある。

 恐らくは不意打ちでなければ、祖父母にしてもあれほどの傷を負うことはなかった。

 

 しかし何が起こるのかわからないのだ。

 おじさんは考える。

 

 同じことを繰りかえさないためには何が必要か。

 このとき、おじさんの中で何かのスイッチが入った。

 

 ひとしきり泣いて、いつの間にか眠ってしまったおじさんである。

 目を覚ましたときは公爵家本邸にある自室だった。

 広いベッドの上で、おじさんはトリスメギストスを喚んだ。

 

『子細はバベルから聞いておる。主よ、大変であったな』


「ええ。だからと言って、いつまでも凹んではいられません」


 おじさんの目に力強い光が宿る。

 

「トリちゃん、わたくしやりますわよ」


『な、なにをかな?』


 若干だが危ない香りを嗅ぎとってしまうトリスメギストスであった。


邪神を信奉する者たちゴールゴーム三巨頭の一人が出張っていたのです。騒乱を起こす時期は近いはずですわ。だから、早急に開発せねばなりません」


『…………』


邪神を信奉する者たちゴールゴーム殲滅爆弾を!」


 グッと握り拳を突き上げるおじさんであった。

 

『バカなことを宣言するな!』

 

「…………というのは冗談ですわ!」


 ニコッと笑うおじさんである。

 その瞬間に張りつめていた空気が弛緩した。

 

「トリちゃん、あの私製結界は使い勝手がいいのです」


『むぅ。試したのか、主よ』


「ええ。レグホーンが使っていた魔法でも貫けませんでしたから」


 レグホーンの名前がでて、おじさんはふと思いだした。

 そう言えば、あのコカトリスはどうしたのだろうか。

 

『ああ、あのヒヨコであれば妹御がさらっていったぞ』


「大丈夫なのですか?」


『まぁ問題なかろうて。妹御にはクリソベリルが張りついておるからな』


 おじさんの使い魔の一体だ。

 猫の精霊獣であるケット・シー。

 ぬいぐるみのような精霊獣だが、今のレグホーンならどうとでもできる。

 

「いいでしょう。トリちゃん、明日から魔道具の開発ですわよ」 


『心得た』


「では、わたくしは入浴してきますわ」


 おじさんはベッドから降りると、ううんと身体を伸ばす。

 すらりとした女性的な曲線美。

 また少し成長したおじさんなのであった。

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