第252話 おじさん八つ当たりをする


 コカトリス。

 毒蛇の王とも言われるバジリスクと同一視される存在である。

 石化の効果を持つ視線や、草をも枯らす毒の息が有名だろう。

 ファンタジー界では大物の魔物である。

 

 それが今、おじさんの無慈悲な魔法によって踏みつけられていた。

 しかも踏まれた拍子に、尻尾の蛇がぷちりと逝ったのである。

 

 レグホーンは痛みで叫び声をあげた。

 そして思う。

 

 おかしい、と。

 仮にも自分は邪神の使徒である。

 人外の力を身につけ、この世に敵などいないと思っていた。

 神獣とされる龍だろうが、上級の精霊だろうが戦えば勝てると。

 

 しかし、どうだ。

 たった一人の小娘にすら手も足もでない。

 レグホーンは気づいていたのだ。

 

 自分のなすことすべてが通用しないことを。

 こんな感覚は初めてであった。

 だから気づいたときには叫んでいたのだ。


「な、なんなんだ! お前はなんなんだ!」


 フッとおじさんは鼻で笑う。


「悪役令嬢とは世を忍ぶ仮の姿ッ! 我は光と闇を揺蕩い、黄昏を統べる御子。始まりの子にして終わりを告げる者。人は我をこう呼ぶ! 創世の王シャ……ブルームーンと!」


 ビシッとポーズをつけるおじさんであった。

 悪いところが思いきりでている。

 

「……ブルームーン」


 今度はレグホーンが鼻で笑った。

 

「……殺せ。ブルームーン、もはやオレに勝てる道理はないだろう。ならば、ひと思いに殺せ」


 なかなか思いきりのいいレグホーンである。

 しかし、それではダメなのだ。

 だから、おじさんは問う。


「それでいいのですか? あなたには矜持がありませんの? 邪神の使徒なのでしょう?」


「ああ! キサマになら殺されてもいい!」


“ブルームーン!”と付け加えるレグホーン。


「……詰まらないですわね」


「なん……だと?」


 レグホーンの顔色が変わった。

 ここぞとばかりにおじさんも畳みかける。


「詰まらない、と言ったのですわ!」


「このオレが詰まらないだと?」

 

「なにが人外ですか! なにが邪神の力ですか! いいところがぜんっぜんありませんわ!」


「なんだと! このオレが! レグホーン・クロウェアが詰まらないだと」


 巨神の足に踏みつけられながらも、わなわなと震えるレグホーンである。

 

「なにが邪神を信奉する者たちゴールゴーム三巨頭ですか!」


“あなたのような者が幹部だとすれば、底が知れますわね”と煽る。


 レグホーンは泣いた。

 嗚咽を漏らすほど激高して、泣いたのだ。

 それは彼の矜持が傷つけられたから。

 

 彼は邪神の信奉者たちという組織に属しながらも、どこか武人のような側面があった。

 悪巧みもするが、それよりも自分の力に自信があったのだ。

 搦め手よりも正面突破をしたい。

 

 そんな相手が現れたにもかかわらず、手も足も出なかったのだ。

 だから、どこか満たされてしまった。

 しかし相手から侮られているのなら話は別だ。

 

 怒りとともに、巨神の足をはねのける。

 鶏に変化した目で、目の前の敵を睨みつけた。

 

「ブルームーン、最後の勝負だ!」


 コカトリスの持つ毒という特性を存分にいかす。

 毒の息を吐きながら、レグホーンは最大限に魔力を高めていた。

 

 そんなレグホーンの耳に、唄うような詠唱が聞こえてくる。


「カイザード・アルザード・キ・スク・ハンセ・グロス・シルク!」


 なぜ?

 遠大なる死毒グランド・フィーバーには劣るが、毒の王たるコカトリスの毒霧だ。

 それが一切通用していない?

 

 そんな疑問が頭をよぎった瞬間、レグホーンの目に飛びこんできたのは恐ろしいほどの魔力だ。


 バチチチと魔力が火花を散らす。

 おじさんの手に収束していく魔力はもはや尋常のものではなかった。


 世界がたわみ、時空が歪む。

 それはもはや人外の枠すら超越しているようであった。

 

「ふふ……この魔法を実際に使うのは二度目です。一度目は界の狭間をぶち抜いてしまいましたが、ここなら問題ありませんわ! さぁ楽しんでいきなさい、魔法の極致を!」


 実に楽しそうな顔をしている超絶美少女おじさんである。


「や、やめて……」


「そう言って懇願した者たちを蹂躙してきたのでしょう? 今度はあなたの順番ですわ」


 カッと視界を埋め尽くすほどの閃光が走った。

 コカトリスの身体がほぼ十分の一ほどになっている。

 それでも生きているのだから大したものだ。

 

「さぁ回復してさしあげますわよ」


 おじさんの八つ当たりは終わらない。

“ひぃ”と怯えの声が漏れるレグホーンであった。


「女神様ああああ! 助けてえ!」


「助けを求める相手がちがうのではないですか?」


 そうなのだ。

 邪神を信奉する者たち《ゴールゴーム》三巨頭の一人ともあろう者がだ。

 よりにもよって女神に懇願するとは。

 

 だが、それもわかる。

 なにせ邪神の力を得てなおこの状態なのだ。

 つまり邪神の力では歯が立たない。

 

 だから――レグホーンは女神に祈ったのだ。


「情けないですわね」


 と言いながら、“おーほっほっほ!”と笑うおじさんである。


「イヤッツアアアアアア。こないでえええええ!」


「これからが面白いところですのよ」


 レグホーンにとって、おじさんは悪魔のようであった。

 いや悪魔という存在ですら生ぬるい。

 得体の知れない恐怖が、実態をもって近づいてくるのだ。

 

 その恐怖が絶頂を迎えて、レグホーンの精神は崩壊寸前であった。


「ッツアアああああああああああ!」


 おじさんの八つ当たり。

 それはもうこの世のものとは思えなかったそうである。

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