第250話 おじさん怒る


 背中の毛が変色した猿をシルバーバックと呼ぶ。

 年老いてはいるが、その分知恵と経験を得た個体だ。

 だが所詮は猿知恵であった。


 祖父の振るう大剣がシルバーバックの首を刎ねる。

 最後までしぶとく生き残ってはいたが、逃げることも許されず結局は泥沼へと沈んでいく。

 

「お祖父様、お祖母様、お見事ですわ!」


 おじさんの小鳥による監視でも首伸猿は全滅している。

“ぬわぁはっはっはは”と祖父が大声で笑う。


「リーよ、ワシらもまだまだ捨てたものではな――」

 

 一条の黒い閃光が走った。

 それは祖父の腹を貫いたのだ。

 成人男性の拳ほどの大きさの穴が開いている。


“がふ”と血を吐き、膝をつく祖父である。

 その光景を見たおじさんは動けなくなってしまった。

 

 なぜ。

 なにが起こったのか。

 そして、祖父は大丈夫なのか。


「リー!」


 ドン、とおじさんが身体が押された。

 またもや黒い閃光が走り、祖母が倒れる。

 地面には赤黒い血が、どんどん広がっていく。

 

 おじさんの顔が真っ青になった。

 

「お祖父様っ! お祖母様っ!」


 三度、閃光が走った。

 それは狙い過たずおじさんにむかう。

 が、寸前で弾かれる。

 

 顕現したのはアクエリアス。

 おじさんの鎧が守ったのだ。

 

「ちぃ! 武具召喚ができやがるのか」


 そいつは木の陰から、ズズズと姿を見せた。

 黒衣をまとった線の細い男である。

 ただ窪み落ちた眼光は鋭く、嫌な雰囲気をまとっていた。

 そして特徴的なのは胸の前で組んだ四腕である。

 

「せっかく育てた猿どもを駆除しやがって」


 吐き捨てながら、そいつは不気味な表情でおじさんを睨みつける。

 

「バベル!」


 おじさんはできる使い魔を喚ぶ。

 側で待機していたはずだ。

 

「……お前、何者だ?」


 そいつがおじさんに問う。

 だが、おじさんは無視だ。

 まずは祖父母の治療をしなければ、それで頭がいっぱいだから。


『主殿、申し訳ないでおじゃる』


 狩衣姿のバベルが姿を見せる。


「そんなことはいいのです。早くお祖父様とお祖母様を」


“承知”と残して、バベルが祖父母を回収しにむかう。

 その背にむかって再び、黒い閃光が走る。

 

「やらせませんわ」


 おじさんの一瞬で作った結界がバベルを守った。

 そのまま祖父母を抱えて、バベルは姿を消す。

 

「ほう。なかなか面白い結界じゃねえか」


 どうにも大物ぶったそいつの口調に腹が立つ。

 

「うるさいですわ」


 おじさんは続けて言った。


「あなたは誰ですの?」


 ククっとそいつは笑った。


「察しはついているんだろう?」


「ええ、邪神を信奉する者たち、ですわね?」


「そうだ。オレこそが邪神を信奉する者たちゴールゴーム三巨頭の一人、レグホーン・クロウェアだ」


 ……ゴールゴーム。

 タルタラッカの古老がなにかと叫んでいた妖怪のような存在。

 つまり昔から何かしら悪いことをしていたということか。


 なるほどと納得するのと同時に、少し詰まらなくもあった。

 幽霊の正体見たり枯れ尾花というやつだ。

 いやちょっと違うか。

 

「そうですか。それがわかれば十分ですわね」


 パチン、と指を鳴らすおじさんである。

 次の瞬間、おじさんの背後には無数の魔法陣が浮かぶ。

 

「ほう。小娘がオレと戦う気でいるのか?」


「わたくし、怒ってますのよ。本気で」


 おじさんの怒りに呼応するかのように空間が歪む。

 そんな状況を見てもまだ、そいつは呵々と笑う。

 

「人外。人の領域を越えたオレを相手にするだと! 身の程を知れ、小娘が!」


 次の瞬間であった。


【氷弾・改三式】


黒閃光スレイ


 図らずも二人が同時に魔法を放つ。

 この勝負はおじさんの魔法に軍配があがった。

 黒い閃光を浸食するように、無数の氷弾がレグホーンを飲みこんでいく。

 

「ちぃ! やるじゃねえか!」


 その言葉はおじさんの後ろから聞こえてきた。

 

 これだ。

 おじさんの小鳥の監視を掻い潜ってきた謎の移動手段。

 これを封じなければ、逃げられてしまう可能性がある。

 

黒閃光スレイ!】


 至近距離から放たれる黒い閃光。

 だが、おじさんに近づいたところで、ヌルッと結界に阻まれてしまう。

 

「ハッハー。お前、ホンとに何者だ?」


「あなたのような存在に聞かせる安い名は持ちませんの」


 おじさんはここで腰のポーチに手をやる。

 軍師もかくやといわんばかりの羽根扇を取りだす。


 いや、デザイン的にはジュリアナの方が近いだろうか。 

 それで口元を隠しながら、おじさんは高らかに笑った。

 

「おーほっほっほ!」

 

 挑発。

 あの謎の移動手段で逃げられるのだけは避けたい。

 だから、おじさんは逃がさないように誘導するのだ。

 

「お前、ムカつくな!」


 レグホーンが四つの腕を使って、四発の黒閃光を同時に放ってくる。

 しかし、いずれもおじさんの結界を貫くことはできない。

 

 この結界こそ、おじさんがトリスメギストスと開発したものだ。

 外部から干渉してきた魔法を分解し、魔力として吸収・循環・強化してしまう結界。

 名づけて“マッコイ流レーズンパンショートケーキ”である。

 

「もう、その魔法は見飽きましたわ」


黒閃光スレイ・改!】


 おじさんがレグホーンの魔法を模倣する。

 魔法陣から発射される極太の黒閃光。


「なんだと!」


 予想外の攻撃に四本の腕で身を守るレグホーンである。


「てめぇ! ナメたマネしてンじゃねえ! 殺すぞ、ゴるぁ!」


 自身の得意魔法が改良され、模倣されたのだ。

 それがレグホーンの怒りに火をつけた。

 しかし、目の前で魔法を放ったはずのおじさんは居ない。

 なぜなら、おじさんは短距離転移を駆使してレグホーンの背後に回っていたからだ。


「んなにぃ!? っざけんな!」


 おじさんは魔法だけではなく、戦術そのものをコピーしたのであった。

 さらなる怒りがわきあがるレグホーンである。


「捕まえましたわよ」


 その言葉とともに、親指のリングに魔力を流す。

 次の瞬間、おじさんとレグホーンの二人は女神の作った空間に転移していた。

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