第248話 おじさん黒幕にあたりをつける


「事の発端は一月ほど前に遡ります」


 ルシオラ嬢が場を仕切るように声をだした。

 

「父の話によれば、母が倒れたそうなのです。急ぎ治癒魔法を使いましたが、一時的によくはなっても容態が変わらない。それで薬学に詳しいドーレス家のご当主に連絡をとったそうです」


 倒れた?

 そう言えば、ラヴァンディエ家の奥方は姿を見せていない。

 おじさんは少し頷いて、先を促した。

 

「するとドーレス家の方でも奥様がお倒れになっていたことがわかりました。しかも症状は似ているとのことで、ここは両家で協力関係を結ぼうと考えたそうですの」

 

 その関係のあれこれで領都にも足を伸ばしたとのことだ。

 しかしおじさんが色々とやらかしていたため、公爵家もすぐには動けない。

 一刻の猶予もないという話でもない。

 

 そのため落ちついたら祖母が対応する約束をしていたそうだ。

 だがおじさんが現れた。

 思ってもみない公爵家の人間が訪問したことで、パニックになってしまったとのことである。

 

「承知しました。それではわたくしが診察してみましょうか?」


 おじさんの言葉に驚いたのはラヴァンディエ家の当主である。


「そんな! リーお嬢様のお手を煩わせるわけには……」


「かまいません。わたくし、こう見えても医術も学んでおりますから」


「リー様、申し訳ありませんがお願いしてもよろしいでしょうか?」


 ルシオラ嬢が腰を折って、おじさんに頭を下げる。

 隣にいたラヴァンディエ家の当主から、“ルシオラ!”と叱責するような声が飛ぶ。

 

「お父様、リー様にお任せしておけば悪いことにはなりません」


「いいのか?」


 それは娘にむけて問うたものであった。

 しかし、ルシオラ嬢より先におじさんが口を開いた。

 

「もちろんです。お友だちのお母様なのですから、わたくしに任せてくださいな」


 ルシオラ嬢を伴って、おじさんは寝室へと足を運んだ。

 そこには疲れ切った顔をした女性がベッドで寝ていた。

 随分と痩せてしまっている。

 その痛々しさに、おじさんは胸を打たれてしまった。

 

「ルシオラ嬢、ここで見たことは他言無用でお願いしますわね」


「承知しております」


「トリちゃん!」


 おじさんが使い魔を喚ぶ。


『どうかしたのか、主よ』


「こちらの女性を診てあげてくださいな」


 その言葉にラヴァンディエ家の奥方の周囲を飛ぶ使い魔であった。


『主よ、この魔力の澱み方を覚えておくといい。これは呪いであるな』


 呪い、と聞くとおじさんは王妃のことを思いだす。

 あれは正確には呪いではなく、邪神による毒を使ったものだった。

 なので正確には異なるのだが、こうした卑劣な手段はおじさんが忌み嫌うものだ。


「トリちゃん、女神の癒しで治癒できますか?」


『無論である。主であれば一瞬で治癒できる』

 

 お墨付きを得たところで、おじさんは魔法を使う。

 王妃の治療のときにも用いたものだ。

 今回は全力をださずともいけると踏んだおじさんは、力を絞って発動させた。


 わずかな神威とともに、奥方の身体が光に包まれて浄化されていく。

 それだけで奥方の顔に赤みが戻ってきた。

 

『主よ、呪いは取り除けたぞ』

 

「ふぅ。まだ力を絞るのはなれませんわね」

 

 ルシオラ嬢にすれば、二人の軽いやりとりが信じられない。

 小なりとは言え貴族家が二つ協力しても、埒があかなかったのが一瞬で解決したのだから。

 

「ルシオラ嬢、これを奥方様に飲ませてあげてくださいな」


 おじさんが宝珠次元庫から体力を回復させる薬を取りだす。

 王妃ほど重症ではないので、薬の等級も低くてすむ。


 とは言え、おじさん自作の魔法薬なのだ。

 その効果の高さは推して知るべしである。

 

「ありがとうございます! リー様! トリスメギストス殿!」


 ようやく理解が追いついたルシオラ嬢が再び頭を下げた。

 自然と両膝を床につき、祈るような姿勢でおじさんに礼を言う。

 

「数日もすれば良くなるはずです」


“よかったですわね”と、おじさんはニッコリ微笑んだ。

 ラヴァンディエ家の当主には、ルシオラ嬢から伝えてもらった。

 その際にルシオラ嬢の父親は、床に頭をこすりつけるような姿勢になっていた。

 が、おじさんは気にしないことにした。


 その足でおじさんはドーレス家の父娘を連れて逆召喚で転移する。

 そしてドーレス家でも奥方を治療したのであった。

 

 両家の奥方を救えたのはいい。

 しかし、なんだか宝石鉱山で遊ぼうという雰囲気ではなくなってしまった。

 

 と言うことで、おじさんは領都の公爵家本邸に戻る。

 祖父母に解決してきたと報告をあげて、おじさんは自室で使い魔たちと寛いでいた。


「まったく、これもゴールゴームの仕業なのでしょうか」


 なにかあればタルタラッカの古老が叫んでいたのだ。

 それが妙に頭の中に残っていたおじさんである。


『いや、そんな得体の知れん者ではないな。あの呪いは食事の中に呪物を混入させたのだ』


 トリスメギストスの言葉に、おじさんは思わず眉をしかめる。

 

「呪物とはなんですの?」


『あまり口にしたくはない物で作られているな』


 好奇心から敢えて聞き出してみるおじさんである。

 だが聞かなかった方がよかったと後悔するのであった。


「ろくなことをしませんわね。邪神の信奉者たちというのは」


『恐らくは両家を混乱させたところで、鉱山付近に住む魔物をけしかける算段ではないかな』


「では鉱山にむかう必要がありますわね」


『うむ。まぁ今日、明日で計画が実行されるわけではないだろうがな。早めに潰しておく方がいい』


 うんざりとした気分になって、おじさんは息をひとつ吐く。


「お祖父様とお祖母様に相談しなくてはいけませんわね」


 ですがその前に、とおじさんは立ち上がる。

 気分を変えるために、地下の転移陣から温泉へとむかうのであった。

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