第247話 おじさん侍女の掌でコロコロされる


 町の奥まった場所にあるラヴァンディエ家邸。

 そこから町まで伸びる一本道がある。

 両サイドには木々が並び、きちんと整備されていた。

 ただし地面はむきだしで舗装されていない。


 少しラヴァンディエ家の邸から離れたところで侍女がおじさんに声をかける。

 

「お嬢様、しれっと町中を散策するおつもりですか?」


 思わず、背中がビクッとしてしまうおじさんだ。


「ダメ……でしょうか?」


 ちょっとかわいく聞いてみる。

 おじさん、この世界に生まれて町歩きをしたことがほとんどない。

 なにせ買い物は家でするものなのだ。

 

 おじさんは、お貴族様中のお貴族様の御令嬢なのである。

 家には出入りの政商がいて、欲しいものはなんでも見繕ってきてくれるのだ。

 さらに言えば、王都での移動は基本的に馬車である。

 つまり、町歩きをすることがない。

 

 しかしそこは庶民的なおじさんである。

 いつかは町歩きをしたいと思っていたのだ。

 それをこの機会にと考えたのだが、どうやら侍女は反対のようである。

 

「お嬢様はもう少し自覚を持つべきですわ」


 そう。

 ラヴァンディエ家の領地ならば、おじさんのことを知らない人間も多いだろう。

 だが、重要なことを忘れてはいけない。

 

 おじさんは超絶美少女なのだ。

 百人いれば千人が美少女だと認定するくらいの。

“美少女”と音が鳴るボタンがあれば、百人全員が押しまくるはずだ。

 

「どういうことですの?」


 はぁと息をついて侍女は足をとめた。

 

「お嬢様、領都でのことをお忘れになったわけではないでしょう?」


“うっ”と言葉に詰まるおじさんであった。

 そうなのだ。

 領都ですら大混乱が起こりかけたのである。

 騎士たちがいなければ、事故が起こっていたかもしれない。

 

「ですので町歩きは禁止です。他領で迷惑をかけてはいけません」


 正論であった。

 ぐうの音も出ないおじさんである。

 

『主殿の姿を隠してはどうかな? 姿隠しの魔法など主殿からすれば造作もなかろう』


 おじさんのヘニャリとした顔を見て、ついバベルが助け船をだした。

 侍女はあからさまに肩を落として、やれやれというポーズだ。


「いいですか、バベル殿。お嬢様が町中を見るだけですむはずがないじゃないですか」


 ビシッと侍女が宣言する。

 

「ここは細工物に農産物が有名な町ですわ。きっとあれこれと欲しがるに決まっています」


『では姿隠しの魔法は悪手か』


「そうです。姿隠しの魔法を使っていることをきれいに忘れて、片っ端から買おうとします。そして購入した細工物を使って楽しもうとするはずです」


 図星である。

 おじさんは目をそらすことしかできなかった。


「なのでここは誘惑を断ち切るのが最善手です」


 悪知恵が働くはずの魔神は、あっさり論破されてしまったのである。

 

「と言うことでお嬢様に提案があります」


「聞きましょう」

 

 下げてから上げる。

 侍女の話術にまんまとハマってしまうおじさんだ。

 

「こちらを」


 侍女がスッと肩からかけた鞄から取りだしたのは一冊の本であった。

 

「ああ! やっとでたのですか!」


「はい。ミーン・メーイの新作『ミュンヒハウゼン回顧録・神の恵みはオレのもの』です。こういうこともあろうかと昨日届いた品を持ってきたのです」


「早く、早く読ませてくださいな!」


 おじさん、ミーン・メーイという作者の書く娯楽小説が大好きなのだ。

 この世界ではあまり娯楽が発達していない。

 だからこそ胸を躍らせる小説を見つけたときには興奮したものだ。

 しかも今回の新作は約三年ぶりである。

 

「もちろんです。ただし、ここでは邪魔になりますので、一度領都にお帰りになられてはいかがですか? バベル殿には手数をかけさせてしまいますが」

 

『なに、その程度のことは気にするまでもなかろう』


「バベル!」


 おじさんがキラキラとした目で使い魔を見る。

 その表情が見られたことに満足して、使い魔は姿を消すのであった。

 

 領都にある自室にこもり、約二時間ほどたっぷりと小説を堪能したおじさんである。

 

「ふぅ。今回も楽しめました」


 何も言わずとも、侍女が飲み物を入れてくれる。

“ありがとう”と受け取りながら、おじさんは炭酸水を飲み干す。


「んーそろそろ戻ってもいい時間ですわね」


 そこでおじさんは気づいた。

 

「バベルはどうしたのです?」


「バベル殿にはあちらで待機していただいております」


「なるほど。では、戻りましょうか」


 ようやく本題に戻るおじさんであった。

 ラヴァンディエ家の本邸を再び訪れるおじさんである。

 その姿を見ただけで、門番は邸内に駆けこんでしまった。

 

「教育がなっていませんね」


 チッと舌打ちをしながら侍女が文句をつける。

 そうこうしている間に、大慌てで四人が玄関先に姿を見せた。

 

「リー様、先ほどは失礼いたしました」


 四人を代表してルシオラ嬢が頭を下げる。

 

「かまいませんわ。では事情を聞かせていただきましょうか」


 おじさんたちはラヴァンディエ家の邸に通される。

 在地領主の子爵家とは言え、ラヴァンディエ家はまだ裕福な方なのだろう。

 それなりの調度品が整った部屋の上座に座らされるおじさんだ。

 

 お茶の準備をしているラヴァンディエ家の侍女の手が盛大に震えている。

 それを見たおじさんが、自分の側近に目をやった。

 アイコンタクトだけで意思の疎通ができる。

 

「よろしければ私がお嬢様に給仕をいたしましょう」


 そして、ようやく話し合いの場が整ったのであった。

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