第246話 おじさん行くところにトラブルあり


 クアール山脈の麓にある小さな町にルシオラ嬢の実家はある。

 林業と農業を主な産業とするのだが、特に質のいい果物に定評がある。

 また鉱山で採掘された宝石の細工物でも有名だ。


「ただいま戻りましたわ」


 ルシオラ嬢が実家の門前で告げる。

 対応した門番は、“はぁ?”と間抜けな声をあげてしまう。

 確かに雇い主の娘である。

 

 だが、お付きの者たちはどうしたのだろう。

 そしてお嬢様の後ろにいる、超絶美少女やら何やらが気になる門番である。

 

「い? お、お嬢様ですよね?」


「そうですわ。早くお父様のところへ」


「あ、こりゃすんません!」


 門番の一人が邸に駆けこんで行くと、しばらくしてバタバタという足音が聞こえてくる。

 

「ルシオラ!」


 顔を見せたのは中年の男性だ。

 中肉中背ではあるが、どことなく雰囲気の緩さを感じさせる。

 

「どうなっているんだ? 町についたとの報告もなかった……」


 と、ラヴァンディエ家当主の目が超絶美少女のところでとまる。

 

「にゃーーーー! リーお嬢様! リーお嬢様ではありませんきゃ!」


 派手に驚いた後に、ははーと両膝をつく当主である。

 少し薄くなった頭頂部が侘しい。


「お父様、リー様のことをご存じなのですか?」


「ば、バカ! 知っているに決まっているだろう!」


 実は過日行われていたおじさんのお披露目の場にいたのだ。

 偶然ではあったのだが、領都に赴いているときにその話があった。

 

「では改めて紹介するまでもありませんか」


「い、いや待て、ルシオラ! なぜリーお嬢様が同行されているのだ!」


 膝をついたままで、娘の腕を引く当主であった。


「リー様だけじゃなくて、ドーレス家のエンリケータ嬢も一緒ですわよ」


「ど、ドーレス家? にゃ、にゃ、にゃんだってー!」


 心底から魂消たといった表情をする当主である。

 

「お父様、いったいどうしたのです?」


 先ほどからルシオラ嬢は父親の態度をいぶかしんでいた。

 確かに大げさな反応をすることもある。

 しかし、ここまで大仰な態度を見せたことはない。

 

 超絶美少女おじさんが居ることを差し引いたとしても怪しい。

 いったい何を隠しているのか。

 

「は? え? な、なにがだ? なにもおかしなことなど……」


 目をキョロキョロとさせて、そわそわと身体を動かす。

 明らかに挙動不審な態度になる当主であった。


 そんな父親の態度を見て、ルシオラ嬢はこれ見よがしに大きな息を吐く。


「まさか妾ですか!」


「なんでそうなるんだ! 娘よ、父にはそんな甲斐性はない」


 なぜか胸を張るラヴァンディエ家のご当主である。

 そんな父親の姿を見て、ルシオラ嬢の目から光がスッと消えた。


「お父様……これが今生の別れとなろうとは」


「どういう意味? ねえ? どういう意味なの?」


 狼狽が過ぎる当主のことは放っておく娘だ。

 悲しそうに目を伏せて、ルシオラ嬢はおじさんに言う。

 

「リー様、我が父はどうやら……」


 ルシオラ嬢が不穏な言葉を告げそうなタイミングで、新たなる闖入者が現れた。


「ちょっと待ったー!」


 ラヴァンディエ家の当主よりも年配の男性である。

 中肉中背なのは同じだが、眼鏡をかけているせいか少し神経質な印象があった。


「お、おとーさま!?」


 その闖入者を見て驚きの声をあげたのは、エンリケータ嬢だ。

 

「どどどどどうして、ここにリーお嬢様がああああ」


 娘のことよりも先に超絶美少女おじさんの姿に反応する。

 その態度にどうにも呆れたように目をすがめるエンリケータ嬢であった。

 

 いったい何が起こっているのか。

 ルシオラ嬢もエンリケータ嬢も状況に飲まれて混乱している。

 

「これは……どうにも収拾がつきませんわね」


 誰にともなく呟いてから、おじさんが前に出る。

 そしてパンパンと手を打って注目を集めた。

 

「お察しのように、わたくしはリー=アーリーチャー・カラセベド=クェワですわ。ラヴァンディエ家のご当主も、ドーレス家のご当主も、お初にお目にかかります」


 ぺこり、と頭を下げるおじさんだ。

 しかも軽く魔力で威圧しながらである。

 一瞬にして、場の主導権を握ったおじさんが言う。

 

「このままでは埒があきませんわ。ラヴァンディエ家のご当主、ドーレス家のご当主もまずは娘さんとお話をなさってくださいな。情報は包み隠さずですわよ」


 おじさんの言葉にその場にいた皆が頷いた。

 関係がないであろう門番までも、である。

 

「わたくしは町を散策してきましょう。後で寄りますから、お話はルシオラ嬢とエンリケータ嬢から聞かせていただきますわ」


 と、返事を待たずにきびすを返して歩きだす。

 使い魔とお付きの侍女もおじさんについていく。

 

「バベル、この町の下見はしましたか?」


「ばっちりでおじゃる」


 その答えにおじさんは満足したのか、大きく頷くのであった。

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