第245話 おじさん逆召喚を披露する


 ルシオラ嬢とエンリケータ嬢の二人は、まだフワフワとして地に足がつかない感覚があった。

 二人は里帰りする前にちょっとした挨拶程度の気持ちで、おじさん宅に寄っただけである。

 それがどうして一緒に領地に行くことになるのだ。

 しかも方法は言えない、ときている。

 

「ねぇルシオラ」


 先に口を開いたのはエンリケータ嬢である。

 馬車の中で向かい合って座るルシオラ嬢も少しだけ頷く。

 

「リー様とお出かけできるなんてステキね」


「そりゃそうなんだけど」


 嬉しいのは嬉しいのだ。

 だが、いまいち歯切れが悪いルシオラ嬢である。


「うん。皆には言えないわね」


 猫のような愛くるしい見た目のエンリケータ嬢が、小さく舌をだして笑う。


「だってリー様のご実家に顔をだすってだけで揉めたのよ」


 一方でルシオラ嬢は無意識のうちにお腹をさすっていた。

 どうやら苦労人のようである。

 

「私たちの実家は寄子なんだし、そこで文句言われてもねー」


 小心者のように見えたエンリケータ嬢の方が肝が据わっている。

 見た目からすると、真逆の印象を抱かせる二人だ。

 

「リー様がだしてくださった飲み物、すっごく美味しかったよね」


「ああ、あれは美味しかったわね。スッキリしてて今の季節にピッタリだわ」


「うん。でも皆には言えないねー」


 そこは素直に首肯するルシオラ嬢であった。

 

「明日も楽しみだなー」


「そうね。楽しみだけど……」


「なにか心配ごとでもあるの?」


「いえ、いいわ。私はリー様についていくって決めたんだもの」


 そんなルシオラ嬢の言葉に、微笑みを浮かべるエンリケータ嬢であった。

 

 翌日のことである。

 二人は公爵家邸の前でお付きの者たちと分かれ、門番に来訪を告げた。

 すぐに昨日と同じ四阿あずまやに通されると、そこには朝食の用意があったのだ。

 

 少しすると、おじさんたちが姿を見せる。

 今日のおじさんはパンツスタイルだ。

 動きやすいように髪もまとめている。

 

 これでもかというほどに、スタイルの良さを見せつけていた。

 その姿に見惚れてしまう二人である。

 ただ二人には気になることもあったのだ。

 

 お付きの侍女とは二人も面識がある。

 が、その後ろにいる男性は初めて見たのだ。

 この辺りでは見かけない衣装を身につけた、巨躯のワイルド系イケメンである。

 

「おはようございます」


 おじさんと挨拶を交わすも、二人は後ろのイケメンが気になって仕方ない。

 恋愛的な意味ではない。

 なぜ憧れのお嬢様の隣に男がいるのか、という意味でだ。

 

「お二人には紹介しておきましょう。こちらは私の使い魔であるバベルですわ」


「……使い魔」


 考えこむような素振りを見せるルシオラ嬢。

 対して、エンリケータ嬢は快活に手をあげる。


「リー様! リー様の使い魔はトリスメギストスさんじゃなかったのですか?」


“説明しますわ”とおじさんがかんたんに解説をする。

 二人は使い魔は一人につき一体のルールで理解していたのだ。


「な、なるほど。そんな秘密があったのですね」


 ルシオラ嬢が納得する。


「リー様はやっぱりスゴいですわ!」

 

 と興奮するエンリケータ嬢をなだめながら、おじさんはバベルを紹介する。

 

「では主殿、麻呂は先にあちらへ出立しよう」


 そう言って姿を消すバベル。

 

「ではその間に食事でもしておきましょう」


 おじさんに誘われて席につく。

 本日はオレンジの炭酸割に、パンがいくつかと惣菜がならんでいる。

 それらをつまみつつ、他愛のない話をする。

 

 しかし、やはり緊張を隠せない二人であった。

 食事もすんだところで、おじさんが言う。

 

「さて、今からすることが内密の話ですわ」


 と前振りをした段階で、二人の背筋が伸びた。

 

「実はわたくし、使い魔がいる場所に転移する方法を覚えましたの」


「は? 転移? ですか」


 ルシオラ嬢が目を大きく見開く。

 エンリケータ嬢は無言であるが、顔を引き攣らせていた。

 

「まぁ詳しい話は後にして、今はやってみせましょう」


 おじさんが立ち上がると、侍女と二人を集める。

 

「いきますわよ!」


【逆召喚】


 その言葉とともに、一瞬で景色が変わる。

 森の中だ。

 ただ、ルシオラ嬢には見覚えがあった。


 だって実家の裏にある森の中だったのだから。

 ここはラヴァンディエ家が所有する森で、領民の立ち入りは禁止されている。

 ルシオラ嬢にとっては、幼い頃の遊び場でもあったのだ。

 

「ルシオラ?」


 エンリケータ嬢が声をかける。

 ルシオラ嬢は両手を胸の前で組み、その場に膝をついた。

 

「わずかとは言え、リー様を疑ってしまった私は薔薇乙女十字団ローゼンクロイツ失格ですわ」


 その言葉にぎょっとするおじさんである。

 なにもそこまで大仰にすることではないと思うのだ。

 だから、気にしていないという意味もこめて少し微笑む。

 

「いいのです。さぁ行きますわよ、ご実家に戻られたのですから先ずは挨拶をなさってください」


 そう言いつつ、おじさんはルシオラ嬢に手を貸して立たせる。

 立ち上がったルシオラ嬢の肩を抱き、背中をポンポンと叩くのであった。

 

「うわぁ。あれってクアール山脈よね。こっち側から見るのは新鮮」


 無邪気にエンリケータ嬢が声をあげる。

 その様子を見て、ルシオラ嬢も少し肩の力が抜けたようだ。


「ようこそ、我が家の領地へ。リー様、ご案内させていただきますわ」


 そう言って、にこやかな笑みを浮かべるルシオラ嬢であった。

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