第244話 おじさんお友だちの領地に行くことにする


 おじさんの穏やかではない言葉を聞いて、最も驚いたのは侍女だった。

 そして侍女が見る限り、おじさん自分の発言に気づいていない。

 つい感情がほとばしってしまったのだろう。

 そう当たりをつける侍女である。

 

「お嬢様」


 申し訳ないと思いつつも近寄り、声をかける。

 

「ちょっと失礼しますわね」


 とおじさんはお友だちに告げて、侍女とともに少し場を離れる。

 

「どうかしましたの?」


「お嬢様、気づいておられませんか?」


“んん”と首を傾げる姿がかわいいおじさんである。


「先ほど、学園長ごとき、と仰いましたわ」


「いけませんか?」


 侍女は返答の代わりに首肯してみせた。

 

「まぁどうということもないのです。あれは言葉の綾とも言うべきもの。学園長に恨みはありませんわ。ただ薔薇乙女十字団ローゼンクロイツ無礼なめる輩には裁きの雷が必要でしょう」


 侍女は思った。

“こりゃダメだ”と。


「ほどほどになさいませ」


「わかってますわ! もう! わたくしを何だと思っているのです」


 ぷんぷん、と擬音が似合いそうなおじさんの態度である。

 その愛らしい姿に、思わずホッコリしてしまう侍女であった。

 

「お嬢様、幸いにもご友人たちは気づいていません。ですのでこの場でおさめておいてくださいませ」


「大丈夫ですわ! わたくしに任せなさい!」

 

 ビッと親指を立てるおじさんだ。

 上機嫌なのか、それとも不機嫌なのか。

 年齢的には不安定になっても仕方ないお年頃である。

 

 席に戻ったおじさんたちは、他愛のない話に花を咲かせた。

 ただお友だちとの話の中で、おじさんの興味を惹くものがひとつあったのだ。

 それは二人の家の領地の境界にある鉱山である。

 

 比較的に標高の低いクアール山脈が領地をわけており、ここが宝石鉱山になっているのだ。

 かつては利権の奪い合いで仲が悪かったそうである。

 一時は一触即発の状態になり、いつ内紛が起こってもおかしくなかった。


 そんな状況を見かねたカラセベド公爵家が仲介した。

 結果、鉱山の利権は公爵家の管轄としたのだ。

 ただし鉱山で得た利益から、それぞれに一割半の配当が支払われている。

 

 最初は両家ともに反発したそうだが、公爵家的には温情采配だ。

 内紛を起こせば取り潰しである。

 その原因になった領地は公爵家の物とされてもおかしくない。


 加えて、二割といっても鉱山の管理やその他は公爵家持ちである。

 つまり不労所得が入ってくるのだ。

 利を説けば納得するのが貴族でもある。

 

 と言うことで、トラブルの原因がなくなればケンカする必要もない。

 現在はお隣さん同士、適度な距離を保ちつつ仲良くやっているとのことだ。

 

「……宝石鉱山ですか」


「ご存じありませんでしたか?」


 ルシオラ嬢がおじさんに問う。

 

「存在は知っていたのですが、お二人の領地のことまでは知りませんでした。とてもいいお話を聞かせていただきましたわ」


 にっこりとするおじさんである。

 

「興味がおありでしたら、足を運んでみるのはどうでしょう?」


 エンリケータ嬢が社交辞令を言う。


「そうですわね……」


 と考える振りをしてみる。

 だが、侍女にはわかっていた。

 おじさんの目がらんらんと輝いているのが。

 

「大丈夫だと思うのですが、相談してみますわ」

 

“ほら、きた”と侍女はおじさんの思いを汲みとって動いた。

 

「え? リー様、本当に?」


 エンリケータ嬢がとまどってしまっても無理はない。

 こんなにアクティブで、腰の軽い令嬢はおじさんだけなのだから。


 宝石が欲しければ言えばいい。

“いいのを見繕ってちょうだい”とでも言えば、出入りの政商がこぞって持ってくる。

 それがおじさんの立場だ。

 

 なぜ自分で現場に行こうと思うのだ。

 一般的な令嬢からすれば、理解ができないだろう。

 

 しかし薔薇乙女十字団ローゼンクロイツの面々は訓練されている。

 おじさんのそう思うのなら、それでいいのだ。

 自分たちはついていくのみ。

 

 ルシオラ嬢とエンリケータ嬢はお互いに視線を合わせて頷いた。

 社交辞令からの言葉であったが、おじさんが行くというのだ。

 ならば自分たちは、その露払いとなろう。

 

「お二人の領地まではどのくらいかかりますの?」


「領都からですと、七日ほどですわ」


 ルシオラ嬢が答える。


「七日……お二人は里帰りをする途中に寄ってくれたと」


 往復で十四日。

 おじさん的には旅をするのもいい。

 その道中には思わぬ発見もあるからだ。

 

 だが学園再開までの期間を考えるとさすがに日数がかかりすぎる。

 他にもやることは山積みなのだ。

 

「ルシオラ嬢、エンリケータ嬢。わたくしがやることは内密にしておいてくださいますか?」

 

 おじさん必殺の逆召喚である。

 そうすれば一瞬で移動できるのだ。

 

「リー様がそうお望みなら、私たちの命に代えましても」


 二人が真剣な表情になった。

 

「そこまでしなくてもいいのですが……」


 そこへ侍女が戻ってくる。

 

「お嬢様、ご隠居様から許可をいただきました」


「ご苦労様。では、明朝にお二人で我が家にいらしてくださいな。申し訳ないですが、お付きの人たちは通常の方法で帰ってもらいましょう」


 おじさんの決定に二人に否はない。

 それが薔薇乙女十字団ローゼンクロイツの在り方なのだから。

 ただ……このことを知られると、皆に恨まれるだろうな、という思いが消えない二人である。

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