第242話 おじさん上機嫌になる


「ぱーぱらららっぱっぱぱー、ぱーぱらららっぱっぱぱー」


 領都にある公爵家邸。

 そのサロンにて鼻歌を歌うのはおじさんである。


「てーてんてんてんてーてー、てーてーて、ててててーてー」


 朝っぱらからテンションが高い。

 それもそのはずである。

 晴れて正式に婚約が破棄になったことで、テンションが上っていたのだ。

 

 上機嫌なおじさんを見て、弟妹たちは目を丸くさせていた。

 いつものお上品な姉とはちょっと違うのだから。

 

「ねーさま?」


 近寄ってきた妹を抱き上げて、高速でクルクルと回るおじさんだ。

 きゃああとはしゃぐ妹。

 だが高速すぎて、目を回してしまう。

 アミラにメルテジオもその犠牲になった。

 

 ぐったりした三人にむかって、おじさんはニコリと笑って言う。


「ヘイル・ツゥ・ユーですわ」


 キミに幸あれ、という意味だ。

“おほほほ”と笑い声を残して、おじさんはスキップしながら地下室へむかった。


 残された弟妹たちはおじさんの姿に異様なものを感じたが、何も言うことはない。

 そう訓練されているからである。

 

 地下室へスキップでむかうおじさん。

 いくつかの目的があったのだ。


 温泉はいいものである。

 ただおじさん的にはドライヤーの魔道具が欲しいと思った。

 髪を乾かすのは大変な作業だからだ。

 

 おじさんがいればちょいと魔法を使えばすむ。

 しかし他の者はそううまくいかない。

 ならば魔道具を作ればいいのだ。

 

 そんなことを考えていたおじさんである。

 しかし地下室へと向かう前に声がかかった。

 

「お嬢様」


 側付きの侍女である。

 

「どうかなさいましたの?」


「ラヴァンディエ家から使者がきておりまして」


 ラヴァンディエ家。

 公爵家の寄子となる子爵家だ。


 そこでおじさんは思いだす。

 薔薇乙女十字団ローゼンクロイツのメンバーの一人である。

 

「用向きは?」


「はい。ラヴァンディエ家のルシオラ嬢と、ドーレス家のエンリケータ嬢が目通りを願っております」

 

 エンリケータも薔薇乙女十字団ローゼンクロイツの一員だ。

 ドーレス家も同じく公爵家の寄子である男爵家になる。

 二人して何用だろう、と思うおじさんであった。

 

 まぁ別に何の用もなくてもいいのだ。

 友人が休みの日に家を訪れてくれる、それだけで十分なのだから。

 

「かまいません。そうですわね、本日の午後からお茶にしましょう」


「畏まりました。ではそのように伝えておきます」


 侍女が姿を消す。

 おじさんはそれを見届けてから、歩いて地下室へむかった。

 

『んーむ』


 地下にある実験室にて、おじさんはトリスメギストスを喚びだしていた。

 そして二人して魔道具の開発を行なっていたのである。

 

『主よ、そこの回路は迂回させた方がかえって効率がいいのではないか?』


「そうですか? いや……そうですわね。そっちの方がいいかもしれませんわ」


『で、あろう? 皆が主ほど魔法に精通しているわけではないからな』


「他に問題点はありますか?」


『問題なかろう』


「では、いきますわよ」


【錬成】


 おじさんの超便利魔法が炸裂する。

 そして、できあがったのがドライヤーの魔道具だ。

 温風と冷風の切りかえに加えて、弱・中・強の三段階設定である。

 

 魔力の効率を最大限によくしたので、侍女たちでもかんたんに使えるだろう。

 設計図もしっかりと描いたので、あとは量産するだけだ。

 もう祖母に任せてしまっていいだろう。

 

 他にもおじさんは趣味の魔道具も作っていく。

 ひとつは拡声の魔道具だが、これは前世でみたマイクのような形にする。

 ゴスロリ仕様の装飾がつけられたものだ。

 

 いくつかの魔道具を作ったところで、侍女が実験室のドアを叩いた。

 

「お嬢様、そろそろ準備をなさいませんと……」


 侍女の目に飛びこんできたのは、いつものように部屋を埋めつくさんばかりの品であった。

 ちょっと目を離すとこれである。


「ちょうどいいところに。王都でも好評だった飴と肌に塗るクリームも作っておきましたわ」


 おじさんの言葉に黙って、侍女は頭を下げた。


「後ほど運んでおきます」


「頼みましたわよ」


 軽やかなステップを踏みつつ、部屋をでるおじさんだ。

 その後を追いつつ、侍女は思った。

 

“上機嫌なお嬢様もいい”と。

 実によく訓練されている公爵家の面々であった。


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