第239話 おじさんへの誤解から始まる都合のいい話
結婚について興味がない娘だとは思っていた。
しかし結婚できない可能性が高いと聞かされて、この反応である。
母親としては少し心配になってしまう。
だが幸か不幸か、アメスベルタ王国では女性の社会進出が進んでいる。
貴族の女性であっても結婚をしないという選択をする人もいるのだ。
「もう一度だけ確認するわよ。結婚できなくてもいいの? リーちゃん」
母親はおじさんの目を見て問う。
おじさんも真っ直ぐに見かえて答える。
「かまいませんわ」
その迷いのない返答に、母親は頷いた。
「リーちゃんの気持ちはわかったわ。でも、もし結婚したくなったら言うのよ」
結婚したくなる、か。
したくなるわけがない。
どんなに美しい青年であっても、おじさんにそっちの気はないのだ。
「
おじさんにその気はない。
しかし両親に対しては申し訳ないと思うのだ。
だから、少しだけ言葉が震えてしまう。
「そう……そうね」
母親は思った。
この子、気にしない振りをしていただけで傷ついていたのでは、と。
おじさんは王太子との一件については、あっけらかんとしていた。
王太子の言動など、心を病んだ中二の証としか思っていなかったからである。
実際には少し違ったが、特に気にすることでもなかっただけだ。
母親も今までは王太子が歯牙にもかけない存在だからと思っていた。
だが冷静に考えてみれば、婚約者から衆目の前で決闘を申しこまれたのだ。
もし自分がそんなことをされたら、と考える。
それだけで頭に血がのぼった。
自分なら王太子だろうが、なんだろうがその場で命を奪うだろう。
だが、娘はそうしなかった。
実行できるだけの実力がありながらだ。
それどころか王太子に使われていた魔道具まで発見して、報告している。
タイミング的には、もっとずらしてもよかったのだ。
そうすれば自分の手を汚すことなく、王太子にとどめをさせた。
だが、娘は王太子を救う方向で動いたのだ。
婚約の破棄については仕方がない。
だが命そのものは奪われずにすみそうである。
そこで母親は思い当たる。
もしかして家のためにこの娘は我慢していた?
父親と王は兄弟である。
その兄弟の仲が悪くなるのを恐れた?
自業自得とは言え、子の命が奪われるのだ。
それは絶対に禍根が残る。
人間とはそういうものだ。
だから――屈辱をうけても我慢した。
この件に関して娘は関心がないように振る舞っていた。
徹頭徹尾だ。
だから気づかなかった。
気にしていないわけがない。
家に関わる重大なことだから、自分が負担とならないようにしていたのだ。
「ごめんなさい、リーちゃん」
むぎゅうとおじさんを抱きしめる母親であった。
一方でおじさんと言えば、わけがわからずに困惑してしまう。
なぜ自分が抱きしめられているのか。
その理由に心当たりがないのだ。
「お母様?」
「いいの。なにも言わなくて」
と言われても、である。
だが、ここは空気を読んでおとなしくしておく。
いつの間にか、スンスンと鼻を鳴らしている母親であった。
そんな母親を相手に困っているおじさんに声がかかる。
「リー、気づいてあげられなくてごめんね」
父親である。
「まったくあんたらもまだまだだね」
祖母が笑いながら言う。
「いやしかしリーの思いは褒められるべきじゃろう」
狸寝入りをしていた祖父はおじさんを見て相好を崩している。
母親がおじさんの隣にきたときから、聞き耳を立てていたのだ。
身体強化の魔法まで使って。
で、家族の全員が母親と同じ結論に至った。
家族全員に勘違いの嵐が吹いたのである。
「私らはね、リーが幸せになってくれたらそれでいいのさ」
祖母の言葉に全員が頷いた。
「だからリーの好きにしたらいい。結婚しないのならしないでいい。したい相手ができたら言いな。相手がリーに釣り合うとかどうでもいいさ。リーが心から連れ添いたいのなら祝福するよ」
あるぇ? と、おじさんは思った。
なんだか話がこじれてないか。
貴族である以上、釣り合いがとれるかどうかは重要なんじゃないのと思うのだ。
その辺もオールオーケーにしてしまっていいのだろうか。
いや、よくないわな。
「そんな。お祖母様、そういうわけにはいきませんわ」
「いいんじゃよ!」
祖父が力強く言う。
「そうだね、リーが選んだ相手なら問題ないさ」
父親が頷く。
「でも、リーちゃんに家を出てほしいわけでもないからね。勘違いはしちゃダメよ。いつまでも家にいていいんだから」
母親がフォローをいれる。
なんだろう。
おじさんにとって、とっても都合のいい方向に話が進んでいる気がする。
いや、そもそもなにか勘違いしているんじゃないの。
そう思いはすれど、口にだすのは憚る。
なんだか良い雰囲気になっているからだ。
ここで敢えて空気を読まないのは、とってもダメな気がするおじさんであった。
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