第238話 おじさん温泉にて悲報を聞く


 聖域から別邸に戻ったおじさんは、露天風呂につかりのんびりとお湯につかっていた。

 ふわぁと、思わずあくびもでるくらいのリラックス感だ。

 とてもいい温泉だと思う。

 

 おじさんは温めの湯温が好きだ。

 ゆったりと長時間入っていてものぼせないから。

 

 遠くからキャッキャとはしゃぐ声が聞こえる。

 恐らく弟妹たちがスライダーで楽しんでいるのだろう。


 父親と母親は四阿あずまやにて、お酒を楽しんでいる。

 祖父は壺湯に入って、大いびきをかいていた。

 祖母はと言えば、足湯を楽しみながら魔導書を読んでいる。

 

「お嬢様、お食事はどうなさいます?」


 声をかけてきたのは、側付きの侍女であった。

 

「そうですわね。皆はどうしましたの?」


「軽食をとられています」


「では、わたくしも軽食でかまいません。お任せしますわ」


「畏まりました。では準備が整うまで、ごゆるりとなさってくださいませ」


 侍女の気遣いに対してお礼を言うおじさんであった。

 

 目を閉じて、湯に身を沈める。

 深呼吸をひとつ。

 

 色々とあった一日である。

 それでも充実していた。

 特にと、おじさんは自分の親指で輝く指輪に目を落とす。

 

 ちょっとゴツめのシルバーアクセサリーっぽいデザインだ。

 おじさんの記憶で言えば、アーマーリングが近いだろうか。

 ミュージシャン御用達のアレである。

 

 酸性のお湯につけても大丈夫なのかとは思わなかった。

 だって女神様からの贈り物なのだから。


 半ば呆けるようにしていると、母親がいつの間にかおじさんの隣にいた。

 

「疲れちゃったの?」


「いえ……わたくし、恵まれているなと思っていましたの」


 おじさんは素直に語る。


「お祖父様にお祖母様、お父様とお母様。それにメルテジオ、アミラ、ソニア。他にもたくさん。最近だと使い魔も増えましたわ」


 おじさんは思うのだ。

 なにもかも女神様のおかげだと。

 

「あ、使い魔と言えばマルちゃんが無事に赤ちゃんを産んだのよ。とってもかわいいの!」


 マルちゃんとは、母親の使い魔のことだ。

 白天狼のマルガ・リートゥムを略してマルちゃんである。


「なんですって! わたくしも見たいですわ、お母様!」


 ダボハゼ級におじさんが食いつく。


「そうね、もう少し落ち着いたら召喚してあげるから」


「絶対ですわ……あっ!」


 おじさんは気づいてしまった。

 ケット・シーのクリソベリルと、クー・シーのオブシディアンのことである。

 最近はご無沙汰だったので、すっかり忘れていた。

 

 つまり、王都にまでバベルを飛ばす必要はなかったのだ。

 だって屋敷の守護を任せた使い魔たちがいたのだから。

 

「どうしたのリーちゃん?」


「いえ、あの……ううう」


 なんだか恥ずかしくなってしまったおじさんだ。

 申し訳ないという気持ちもある。

 なので王都に帰ったら、存分にモフろうと決意した。

 

「なんでもありませんわ!」


 母親に正直に告げる気にはならず、つい誤魔化してしまうおじさんである。


「まぁいいけど。そう言えば……くぅちゃんとおーちゃんが寂しがってたわよ」


 にやりと笑う母親はお見通しであったのだ。

 

「もう! お母様ったら!」


 おじさんのかわいいところがでてしまう。

 ひとしきり浴場に軽快な笑い声が響いた。

 

「冗談はそのあたりにしておきましょうか」


 母親が表情を少しだけ真面目なものに変える。

 

「リーちゃん、今回色々と開発した件だけど、ぜんぶ丸投げでいいわよ」


「いいのですか?」


「もちろん。というかね、色々とありすぎてまずは家内で扱いを決めなくちゃいけないの」


 母親は指折り数えていく。

 ハムマケロスでは、邪神の信奉者たちを捕縛して、ウナギの新しい食べ方を広めている。


 アルテ・ラテンでは炭酸泉を発見した。

 炭酸水を使った飲み物もある。

 女王豚鬼人クイーンオーク東坡肉とんぽーろーは絶品だった。

 

 領都についてからは、シンシャを進化させて新しい通信手段を発見している。

 さらには競馬場を作って、魔楽器も開発した。


 タルタラッカではコボルトの討伐を皮切りに、漆を見つけて漆器を作っている。

 さらには周辺を開発し、温泉郷を作り上げてしまう始末だ。

 新しいお酒とともに。

 

 ついでに言えば、飛翼獣ワイバーン大口獣ウォームの討伐もしている。

 最後に転移陣の技術も復活させた。

  

 なんだったら精霊のこともあるし、聖域のこともある。

 精霊言語についてもだ。

 

 すべてを公開できるわけもない。

 ひとつずつ挙げられると、さすがにやりすぎたかと思うおじさんであった。

 

「ねぇリーちゃん」


 母親が真剣な目でおじさんを見る。

 

「正直に言うわ。リーちゃんに釣り合う男がいないの」


 形だけの結婚ならいくらでもできるだろう。

 しかし、そんなものは娘が望まないだろうと母親は理解していた。

 

 だから敢えて、このタイミングで言ったのである。


「つまり?」


「結婚……できない可能性が高いわ」


「それがなにか?」


 平然とした顔で返すおじさんであった。

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