第237話 おじさん水精霊に説き教える
『リーちゅわあん! さっき、ちっちゃいリーちゃんに会ってきたのよぅ!』
鼻血をだしながら、
さすがのおじさんも、その姿は厳しいものがあった。
頬を引き攣らせていると神威の力が発動する。
『ッアアアアアアアアばばばばば』
どこかの誰かさんはお怒りのようだ。
『あーあ。あの
褐色とんがり耳のお姉さん精霊が言う。
『気にしないでいいわよ、リーちゃん。それより……』
「名前ですか?」
恥ずかしそうにコクリと頷くとんがり耳のお姉さん。
おじさんは考える。
風の大精霊。
パッと思いつくのはギリシア神話のアウラやメソポタミア神話のニンリルか。
ただ、どちらもあまりイメージがよくない。
おじさんの知識によれば、風に関する神は圧倒的に男性神が多いのだ。
ボレアス・ノトス・ゼピュロス・エウロスあたりが有名だろう。
ただなんだか女性っぽい響きではない。
だったらとおじさんは頭を巡らせた。
「ヴァーユというのはどうでしょう?」
インド神話に登場する風の神様である。
仏教においては十二天の一柱である風天となった。
オリエンタルな雰囲気がある彼女にはピッタリだろう、とおじさんは考えたのである。
『ヴァーユ……ヴァーユ。うん、とっても気に入ったわ! ありがとう、リーちゃん』
“どういたしまして”とおじさんは微笑む。
『私の新しい妹に感謝を。対価を受けとってちょうだい』
大量の精霊の雫と、水の大精霊からもらった耳飾りと対になる形の物をもらってしまう。
ただしアクアブルーの宝石ではなく、明るい黄緑色をしたペリドットのようである。
「べつに対価は必要ないのですが……」
『ふふ。私からの耳飾りはちょっとした魔法が刻んであるから』
と、おじさんはこっそりと教えてもらうのであった。
ひとしきり風の大精霊と雑談をして、おじさんは忘れていたことがあったのを思いだす。
「そう言えばひとつお聞きしたいことがあったのです」
『なにかしら?』
「ミヅハお姉さまが天空龍を連れて行ってしまったのですが、大丈夫なのですか?」
おじさんの問いに、風の大精霊が爆笑した。
『ごめんなさいね』
と言いつつも、目尻にうかんだ涙を指で拭っている。
『ミヅハのことなら問題ないわよ。ちょっと別件もあっていないだけだから』
「そうなのですか」
『神々の事情は私からも話せないんだけど、リーちゃんが気にする必要はないわよ。もしまた天空龍が顔をだしたらボコボコにしちゃっていいから』
もう使い魔がボコボコにした後である、とは言えないおじさんであった。
実際にはおじさんも加担していたが。
「かまいませんの?」
『ええ、殺してしまうのはマズいから半殺しで許してあげてね』
「承知しましたわ。ヴァーユお姉様!」
おじさんと風の大精霊が談笑をしていると、そこに大声が響く。
『ずるいずるいずるいずるい。姉さまばっかりリーちゃんと仲良くしてぇ!』
復活した
その言葉にため息をついて、前にでようとした風の大精霊である。
だが、おじさんの方が一瞬早く動いていた。
「ユトゥルナお姉さま。今のままではお姉さまとお呼びすることはできませんわよ」
おじさんの言葉に、ショックをうけてしまう
「お姉さまは頼れる姉になりたいのでしょう? ですが今の言動は妹のそれですわ」
『……妹』
「そうなのです。ただ年齢が上だから姉なのではありません。時に厳しく、時に優しく、時に導く。自制心を持ち、妹の模範となる。それが姉のすることなのですわ。だからこそ妹は姉を慕い、敬うのです」
『…………』
「ユトゥルナお姉さまは、永きに渡って姉とはなにかを身近に学んできたはずです。今のお姉さまのような振る舞いをしたお姉さまはいらっしゃいましたか?」
ぶんぶんと首を横に振る
「ならばお姉さま方の姿を真似ればいいのです。ヴァーユお姉さまもいいお手本になってくれますわ」
『…………真似る』
「そうなのです。一説によれば学ぶとは真似ぶからきたとも言われます」
おじさんの前世での話である。
「一朝一夕には難しいでしょう。ですがユトゥルナお姉さまなら、本物の姉になれますわ!」
『な、なれるかなぁ?』
チラチラと上目使いでおじさんを見る
「なれますわ! だって、わたくしのお姉ちゃんなんですもの!」
ふんすと鼻から息を吐くおじさんであった。
『はきゅうううん! リーちゃん、だいしゅき! お姉ちゃん、がんばりゅう』
おじさんに抱きつき、おいおいと泣く
その姿を見て、“どっちが姉でどっちが妹かわからないわね”と、呟く風の大精霊であった。
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