第234話 おじさん初めての禁呪に感動する


 公爵家別邸の地下に作られた特別な訓練場である。

 おじさんが思う存分に魔法が使えるように、できる使い魔とともに様々な術式を施した場所だ。

 そこにおじさんたちはこもっていた。

 

 トリスメギストスによる座学の後。

 精霊言語による魔法の発動を実践しにきたのである。


「お祖母様、その調子ですわ! ゆっくりでいいのです、正確性を重視してくださいな」


 おじさんから声がかかっても祖母は集中を切らさない。

 それだけ魔力の制御に繊細さが求められるのだ。


 だから精霊言語による魔法の構築は魔力が見えないと難しい。

 だが、祖母はやりきった。

 おじさんの補助を得てのことだが。

 

「ふぅ。ようやく成功したねぇ」

 

 祖母が発動したのは初級の魔法である。

 光球を浮かべるだけのものだ。

 

 魔法言語による構築と、精霊言語による構築の差。

 それは自由度の高さだろう。

 また魔力効率の良さ。

 

 例えるなら魔法言語は市販のオートマ車である。

 そして、精霊言語はピーキーな調整をされたレースカーだ。

 より繊細で高度なテクニックを要求されるが、できることは段違いになる。

 

「やりましたわね、お祖母様っ!」


 おじさんは素直に賞賛した。

 祖母の魔法技術が高いのが理解できるからだ。

 

 祖母はと言えば額に汗をにじませ、呼吸は乱れさせている。

 初級の魔法を発動させることで、だ。

 

「やれやれだね、たかが初級魔法の発動なのに」


 と言いつつ、深呼吸をして息を整える祖母である。


「だけど面白い。ふふ……魔法を覚え始めた頃を思いだすよ」


 うっすらと微笑む祖母を見ていたおじさんだが、母親から不穏な魔力の流れを感じる。


「トリちゃん!」


『心得ておる』


 トリスメギストスが母親の暴走しそうな魔力の塊を霧散させる。

 

「もう! また失敗しちゃったわ!」 

 

『御母堂はきすぎておる。祖母君のように速さよりも正確性を優先すべきであるな』


「わかってるんだけど、ううん、難しいわね」


 性格的なものだろうか、とおじさんは思う。

 魔力の扱いを見ていれば、母親と祖母の実力は大きく変わらない。


 年の功とでも言うべきか、祖母の方が制御は上だ。

 しかし母親とて精霊言語を扱えるだけの技術はある。

 

「チマチマしたのは性に合わないのよね」


 よし、と母親は気持ちを切り替えたようだ。


「リーちゃん! ここは頑丈だって言ってたわね!」


 おじさんはコクリと頷く。

 

「じゃあちょっとぶっ放してもいいのよね!」


 おじさんは表情を変えずに、ニコニコとしたままである。

 だが魔力を使って、トリスメギストスにむけて中空に文字を描いていた。

“大丈夫ですわよね?”と。


『御母堂よ、やりすぎてくれるな』


“わかったわ”と言いながら、母親が印を組む。


「トゥーゴ! リ・ストレット! ベンティ!」


「ヴェロニカ! その魔法は!」


 祖母の声が飛ぶ。


「ブレド・ミールク・アード・キャ・ラメル・エク・スートラ・パ・ウダー・エク・スートラ・アイズ・エク・スートラ・ホー・イップ」


 母親がニヤリと笑った。

 

「セーデシの深海に潜みし主の名をもって命ずる! 星天から侵略せよ、王喜の群体」


 祖母が額に手をあてて呟く。

“禁呪が好きなのは相変わらずだねぇ”


「忘れられた六姉妹、悲しみの七花、苦鳴に充ちる八王!」


“主よ、結界の補強を”とトリスメギストスが文字で伝えてくる

 おじさんはしっかりと頷く。


「いっくわよー」


 母親の背後には曼荼羅のような複雑な幾何学模様を描く魔法陣が出現する。

 

愚者たちの三位一体フール・トリニティ!!!】


 組んだ印からさらに幾何学模様の魔法陣が展開される。

 その数は三角を描くように三つ。

 それらが合わさると、毒々しい色の光があふれた。

 

 呼応するように、母親の背後にある魔法陣が輝く。

 次の瞬間、地下訓練場が暗闇に覆われてしまった。

 

 おじさんは魔力が見える。

 その威力の大きさも正確に把握できた。

 だから結界が破壊されないように、大急ぎで補強していき、魔力吸収・循環させるように構築する。

 

「ヒーーハーー! 楽しくなってきたわね!」


【忘れられた六姉妹!】


 母親の背後から十二本の腕が出現して七色の閃光を放つ。

 

【悲しみの七花!】


 腕が消えると、それぞれに異なる花が現れて訓練場を紅蓮に染め上げる。

 

【苦鳴に充ちる八王!】


 花が消え、形の異なる八つの宝冠が出現して世界を黒で浸食していく。


「ふぅ。すっきりしたわ!」


 静寂に包まれた訓練場で、くるりと振り返った母親が笑顔を見せる。


「とっても頑丈にできてるわね、リーちゃん!」

 

 おじさんの結界はなんとか耐えきった。

 それだけの威力がこめられた魔法。

 

 と言うかだ。

 おじさんは禁呪を見たのは初めてである。

 

 その威力に感動していたのだ。

 こんな魔法があったのか、と。

 どちらかと言えば、おじさんはオリジナルの魔法にこだわっていた。

 

 だが――禁呪というのも面白い。

 

「お母様! お祖母様! わたくしにも禁呪を教えてくださいな!」


「もっちろんよ!」


「そろそろリーも覚えておく方がいいね!」


 まったく自重をしない似た者家族なのであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る