第233話 おじさん久しぶりの一家団欒とはいかなかった


 カラセベド公爵家の王都の地下に刻まれた転移陣。

 その精巧な作りを見て、父親は思った。

 

“あれ? うちの娘、結婚しても外にだせないんじゃない?”と。

 国家機密レベルの技術をポンポン開発していくのだ。

 

 そんな娘と結婚できるような男はいるのだろうか。

 父親は頭を巡らせるが、心当たりはなかった。

 

 まだ自分の胸の裡に秘めているのだが、結婚しなくてもいいとも思っている。

 あの子は好きなことをしていればいい、と。

 

 可愛い娘を自由にやらせることが最も国の発展につながる。

 そう確信できるのだが……この点も要相談だな、と父親は折を見て話すべきかと考えるのであった。


 家令であるアドロスも一緒に領都の本邸へと転移する。

 転移した先では本邸の従僕や侍女たちがいた。

 軽く談笑をしてから、タルタラッカへと飛ぶ。

 

 王家からカラセベド公爵家の養子に入った父親は領地のことも詳しい。

 しかしタルタラッカは以前とまったく違っていた。

 公爵家の別邸だと言うのだが、そこはもう父親の想像を超えた風景が広がっていたのだ。

 

 そのことに驚きつつも、別邸を案内される。

 外観も美しいと思ったのだが、内装もまたしっかりこだわって作られているのだ。

 しかも調度品も同様である。

 

 家族用のサロンには、一部を除いて一家が揃っていた。

 もちろん祖母と母親、おじさんの三人である。

 抜けている面子を見て、父親は少しだけ頬を引き攣らせた。

 

「義父上、いちおう聞いておきますが、ヴェロニカたちは?」


「うむ。スランの予想どおりじゃな」


 膝上に座る孫娘の頭をなでながら言う祖父の言葉に父親は苦笑をうかべた。

 その腕を引いてソファに座らせたのがアミラだ。

 そして父親の膝の上に座る。

 

 なでて、と言わんばかりに後頭部で胸をコツンコツンとつつく。

 その姿に癒やされながら、父親は話を続ける。

 

「その様子では話し合いはされていないようですね」


「そんなものは後回しじゃわい」


 父親はアミラの頭をなでながら頷いた。


「先に方針だけでも決めておきますか?」

 

「いや、もう後回しにすると決めた。それよりもスラン、温泉へ行くぞ」


「話は聞いていますが……いいのですか?」


「かまわん、かまわん。それに水虫に効くという話があってだな」


「なんですと!」


 その話は初耳であった父親が手をとめてしまう。


「ん!」


 アミラがなでろと意味をこめて声をあげる。


「それとな、リーが作ってくれた酒が美味いんじゃ」


「ほう。それは是非とも詳しくお聞きしたいですな」


「果実酒が多いのじゃが、色々と錬成魔法を使って酒を造っておってな」


「おじーさま、おさけはいっぱいのんじゃダメっていわれてたでしょ」


 そこでソニアが口を挟む。

 小さな孫娘に言われてしまえば、祖父も苦笑するしかなかった。

 

 しばらくの間、談笑をしたところで温泉へと移動する。

 ディオクレティアヌス浴場を模して作られたものだ。

 

 浴衣よくいに着替えた弟妹たちが走っていく。

 テンションが振り切ってしまったようだ。

 

 そんな姿を眺めつつ、父親と祖父は露天風呂へと足をむけた。


「いやぁハッハッハ。温泉とはいいものですな、義父上」


 少し肌にピリッとしたものを感じる。

 それが水虫に効果があるのだと思えば、なにほどの物でもない。

 ゆったりとしながら夜天を見上げた。

 

「にーさまー見て見てー」


「どわぁ! ソニア、それは危ないぞ!」


 直後にざばぁんと音がして、キャハハハと無邪気に笑う声が聞こえてくる。

 

「ソニアは私が育てたっ!」


 アミラの声も聞こえてくる。


「そこ威張るところじゃないから!」


「ほとばしれーみずの……なんだっけー?」


 お湯が大きな塊になったところで不安定に揺れる。


「ソニア、中途半端な詠唱やめてー」


 メルテジオが結界を張って水の被害を抑えようとした。


「ソニアは私が育てたっ!」


 アミラは平常運転である。


「育ってないだろ! 嘘つくなー」


 まったくと言いながらも、弟は笑みを浮かべていた。

 

「で、あろう?」


 祖父と父親は背後から聞こえてくる声を気にしていない。

 もはや公爵家では日常茶飯事のことなのだ。

 

 そこに異常な魔力の高まりがあった。

 ざばっと風呂を上がって警戒する祖父と父親である。

 

 姿を見せたのは水精霊アンダインであった。

 

「むふふ。あなたね、リーちゃんの弟妹というのわぁ!」


 亀の甲羅を背負った美女が、おじさんの弟妹たちを前にビシっと指をさす。

 

「私はユトゥルナ。リーちゃんのお姉ちゃんに認定されたのよぅ。つまりあなたたちも私の弟であり、妹であるわけぇ!」


 妙にねっとりとした話し方の精霊である。

 しかしヒト型であるところを見ると、上位の精霊には間違いない。

 父親と祖父が割って入ろうとしたときだった。

 

「ねーさまのねーさま?」


 妹が首をこてんと倒しながら聞く。


「そうなのよぅ。だからお姉ちゃんって呼んでいいのよぅ」 


 どことなく犯罪者のような目つきになる水精霊アンダインである。

  

 次の瞬間、猛烈な旋風が巻き起こり、水精霊アンダインを上空へと飛ばしてしまった。

 唖然とする一同の耳に声だけが聞こえる。

 

『邪魔をしました。あの水精霊あほうのことはリーにお聞きなさい』


 祖父と父親は唸る。

 うちの可愛い娘は精霊とも関係があるのか、と。

 

 なんだかもう考えるのをやめたくなる二人であった。

 

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