第231話 おじさん公爵家の足下を固める


「随分と入れこんで作ったねぇ」


 おじさんに案内されながら別荘を見る祖母である。

 庭のデキもそうだが、建物のデザインも美しい。

 パク……オマージュしたのだから、それも当然だろう。


 ただ最大限にできることをしたのだ。

 褒められると嬉しいおじさんである。


 回廊が張り巡らされた庭園を歩く。

 水路を流れるお湯の音が涼しげだ。

 

「だあーハッハッハッ!」


 その雰囲気を壊すような笑い声が聞こえてくる。

 思わず、眉をしかめてしまう祖母だ。

 

 見れば、祖父と騎士たちはすっかりできあがっていた。

 おじさん作のリキュールを飲み続けたらしい。

 

「いいご身分だねぇ」


 公爵家の前当主なのだから間違いはない。

 それでも祖父は、祖母の顔を見て顔色を変えた。


「げえええ! ハリエット! なぜ! なぜここに!」


 べつに悪いことをしているわけではない。

 ちょっと早めの祝勝会を開いていただけである。

 

 隊長を初めとする騎士たちは、スッと気配を消した。

 そして撤退すべきタイミングを見計らっている。

 

 だが、おじさんからは逃げられない。

 

「ゴトハルト、どこへ行こうというのですか」


 ニコニコとしながら背後から声をかけられてしまう。

 

「お、お嬢様」


 おじさんはチラリとワゴンの上を見る。

 随分と速いペースで瓶を開けたようだ。


「楽しんでいたようですわね」


 超絶美少女が笑っている。

 だがそれは笑顔を作っているだけだ。

 目が笑っていないのを隊長は理解していた。

 

「た、大変おいしゅうございました」


 と、口々に畏まって告げる騎士たちである。

 

「そ、そうじゃ! ハリエットも飲むといい! リーが用意してくれた新しい酒だ! 美味いぞ!」


 祖父はしどろもどろにながら、侍女たちに目配せをする。

 

「ご隠居様、先ほど所望された分で用意した分はなくなりましたわ」


 無慈悲。

 祖父のほんのりと朱色づいていた顔が青に変わる。


「ほう。リーが用意してくれた新しい酒、ねぇ」


 祖母がちらりとおじさんを見た。

 もちろん在庫はある。

 おじさんは、こくりと頷いた。

 

「お祖父様、酷いですわ! お祖母様にも飲んでいただきたかったのに!」


 ちょっと悪のりするおじさんである。

 わっといった感じで両手で顔を押さえてしまう。

 

「はう! わ、悪気はなかったんじゃ、許しておくれ、リー」


「おお、よしよし。お祖母様が悪い爺を退治してやろうね」


 祖母がおじさんの頭を抱き寄せ、なでる。

 

「げぇ! なんでそうなるのだ!」


 今度こそ隊長たちは逃げだそうとした。

 しかし、動けない。

 足が動かないのだ。

 

 ――なぜ?

 

 隊長たちの足は魔力で作られた手で掴まれていたのだ。

 目には見えないが、そうした雰囲気を感じる。

 犯人はおじさんであった。

 

 茶番である。

 その茶番のおかげで、おじさんは見た。

 祖母が四肢に魔力をまとい、祖父たちをぶっ飛ばすのを。

 

「ッツアアアアアアアアアアアア!」


 トリスメギストスはその様子を見て、気の毒にと思うのであった。

 しかし賢明なる彼は決して口にはださない。

 巻きこまれたくないからだ。


 祖父と騎士たちが飛んでいくのを見て、おじさんは侍女たちに片づけるように指示をだす。

 そして新しいお酒を追加で渡しておくのだった。

 

「お祖母様、わたくし王都とも結んでしまおうと思いますの」


 おじさんの提案に祖母が頷く。

 

「なるほど。ヴェロニカも一緒にってことかい? その方がいいさね」


 祖母は祖父の座っていた場所に腰をおろす。


「リー、このお湯に足をつけるんだね?」


「そうですわ、気持ちいいですわよ。それとこちらも試してくださいな」


 おじさんが侍女に渡したのは、ジンジャーシロップである。

 平たく言えば、ジンジャエールの原液だ。

 

 おじさんのはスパイシーな香辛料も入れた本格派。

 お酒造りと並行して開発していたのだ。

 

 これを炭酸水で割るだけでジンジャエールができあがる。

 さすがにお酒をだすような真似はしない。


「試してみるよ。ここで待っているから好きにやってくるといい」


 祖母の返事に頷いて、おじさんは逆召喚をする。

 小鳥ちゃんもバベルもいるのだ。

 その方が手っ取り早い。

 

 領都の公爵家邸へと飛ぶと、庭でソニアがきゃっきゃっと声をあげて笑っていた。

 

「ねーさま!」


 ソニアに少し待っていてね、と声をかけるおじさんである。

 

「バベル、悪いのですが王都まで飛んでくださいな」


 と地図を広げながら場所を指示していく。

 

「承知したでおじゃる。では先ほどのように」


 一礼をしたバベルの身体が消えていく。

 その前に妹の頭をひとなでしていく辺り、気に入ったのだろう。

 

「ソニア、姉さまと今から王都に行きましょう」


「はえ? 王都? また馬車で行くの?」


「違いますわ! 魔法でびゅーんと行くのです!」


“きゃあああ”と妹のテンションが上がる。

 その声を聞きつけたのか、アミラやメルテジオまでやってきた。

 

 おじさんは軽く説明をしながら、公爵家本邸の地下へと皆を誘う。

 

「姉さま」


 アミラが袖を引く。

 

「覚えたの?」


 おじさんは返事の代わりに頷いた。


「やっぱり姉さま、すごい」


 そんなアミラを側に置きつつ、おじさんは先に転移陣を刻んでしまう。

 残りの精霊の雫は二つあるので、ひとまずは王都と結んで終わりになる。

 

『主よ、バベルが王都についたぞ』


「では行きましょうか」


 その言葉とともに、全員の姿が消えたのであった。

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