第229話 おじさん精霊言語を使って転移陣を刻む


「これで準備が整いましたわよ、トリちゃん!」


 おじさんの自室である。

 かわいいというよりは、シンプルで物が少ない部屋だ。

 使われている家具もモノトーンでまとめられていて、装飾が少ない。


 年頃の女の子の部屋ではないだろう。

 が、不思議とおじさんには似合っていた。


 おじさんがやる気満々になっている。

 しかし、おじさんのやる気が充ちていくほど、使い魔は心労を抱えるのだ。

 またぞろなにかやらかす、と思ってしまうから。

 

 もういっそのこと開き直ってしまえれば楽になる。

 最低限の注意だけをして、好きにさせればいいのだ。

 どうせおじさんは自重しないのだから。

 

 ――理解していても、開き直れない。

 そこが平凡な者とそうでない者を分ける境なのだと、トリスメギストスは思っている。

 だがトリスメギストス自身、主であるおじさんとの時間は楽しいのだ。

 

 どうしようもなく惹きつけられてしまう。

 自分にはない何かを持っているのだから。

 楽しくて仕方がないのだ。

 

『うむ。では精霊言語について語ろうではないか!』


 だから、トリスメギストスはスイッチを切り替えた。

 開き直ることはできない。

 だが主との時間を楽しもうと。

 

『精霊言語とはな……』


 かいつまみつつも重要なところを解説していく。

 精霊言語とは、魔法言語の上位互換である。


 いや経緯からすれば逆だ。

 精霊言語を元にして作られたのが魔法言語となる。

 

 魔法言語は術式を構築されるのに使われる言語だ。

 現在判明しているだけで七十二の文字と八十六の記号からなり、一定の法則で記される。

 

 ここに加えて、さらに独自の文字と記号が増えるのが精霊言語だ。

 法則も複雑化するのだが、魔法言語ではできないこともできるようになる。

 

 おじさんは思うのだ。

 これは面白い、と。

 

 今までは魔法を構築するのに痒いところに手が届かないようなもどかしさがあった。 

 それを解消するために積層型の立体魔法陣などにも手をだしたのだ。

 しかし、精霊言語ならもっとシンプルにできる。

 

 確かにルールは複雑化した。

 だが、それを補って余ある恩恵があると思うのだ。

 

『……ということでな』


「トリちゃん、記号と文字の一覧を見せてくださいな」


“うむ”と答えながら、トリスメギストスが開いて該当するページを開く。


「なるほど。これは面白いですわね!」


 ページに目を通しながら、おじさんは実際に精霊言語で魔法を構築してみる。

 

『主よ、もう覚えたのか』


「このくらい朝飯前ですわよ!」


 今生のおじさんのスペックをなめてはいけない。

 瞬間記憶能力など当たり前のように持っているのだから。

 

「ちょっと試してみましょうか」


 言い終わらぬうちに、おじさんは指をスナップさせる。

 一瞬のうちにその場から消え、室内にあるソファに座っているおじさんだ。

 

『なにぃ!?』


「短距離転移の魔法ですわね!」


『いや、そんなかんたんに……』


 おじさんのスペックを見誤っていたトリスメギストスである。

 もはや魔力支配を本当の意味で理解し、さらなる自由を手にしたおじさんだ。

 虎に翼が生えた、とでも言えばいいのだろうか。

 あるいは鬼に金棒か。

 

 いずれにせよ、おじさんに精霊言語の組み合わせは、混ぜるな危険であったのだ。

 しかし、それはもう遅い。

 おじさんは知ってしまったのだから。

 

 こうなればトリスメギストスにできることはひとつだ。

 おじさんが闇落ちしないように、しっかりとサポートすることである。

 

「まぁこんなものでしょう」


『主よ……我は腹を括ったぞ』


「なんの話ですの?」


『我は最大の理解者となろう。だから、我には隠し事をしてくれるな』


「んん? よくわかりませんが、隠し事はしていませんわよ」


『よし! では転移陣を刻もうではないか』


 おじさんは満面の笑みで、トリスメギストスに頷く。

 

「忙しくなりますわよ。できることが増えましたからね!」


『あまり張り切るのはどうかと思うがな』


「細かいことはいいのですわ!」


 おじさんは覚えたての短距離転移を使って裏庭に移動する。

 さらには一瞬で魔法を構築して、景観を壊さないような小屋を作った。

 そこに転移陣を刻む予定である。

 

『主よ、転移陣は二つで一つだ。最初は近場で実験した方がよかろう』


「そうですわね」


『転移陣の術式は?』


「問題ありませんわ」


 ニヤリとおじさんが悪い顔をする。

 

「バベル!」


 新しい使い魔を喚ぶと、すぐさまに指示をだす。

 

「バベル、領都まで行ってほしいのですが、どの程度でつきますか?」


『ほほほ。麻呂は風を司る魔神でおじゃる。場所さえ指示してもらえばすぐにでも』


 おじさんはバベルに指示をだしつつ、小鳥の式神も飛ばす。

 バベルが姿を消すのと同時に、トリスメギストスにも告げる。

 

「トリちゃん、小鳥をタルタラッカの新村に」


『主よ、なにをする気だ?』


「むふふ。見せてあげますわよ! 逆召喚を!」


 と言いつつ、地面に転移陣の術式を刻む。

 さらに錬成魔法を使いつつ、転移陣そのものに精霊の雫を合成するのであった。

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