第228話 おじさん祖父に許可をもらう


「お祖父様!」


 ノックもせずに、祖父の部屋のドアをばあぁあんと開けてしまうおじさんである。

 しかし、そこには誰もいなかった。

 恥ずかしくて、つい顔を赤くさせてしまう。

 

「もう! お祖父様はどこに行ったのです!」


 恥ずかしさを紛らわせるようにおじさんはあえて声にだしてみる。

 それが余計に恥ずかしいと知ったのは、部屋をでてからであった。

 

 一方、祖父は馴染みのある騎士たちとともに足湯コーナーに陣取っていた。

 お湯の中に足をつける、というのは祖父たちにとって馴染みがない。

 しかし、タルタラッカまでの道中で、孫娘が気持ちいいから試してみろと力説していたのだ。

 

 水虫のこともある。

 そこで祖父は到着して早々に、馴染みの騎士たちを誘ったのだ。

 

「ふぅ……これはいいものじゃなあ」


 誰に言うわけでもない、独り言に近い呟きであった。

 

「ご隠居様のおっしゃるとおり、確かにいいものですな」


 隊長であるゴトハルトが反応する。

 ズボンの裾を膝あたりまでまくり、すっかりと寛ぐ態勢に入っていた。

 

 邸の庭にあたる場所である。

 回廊のような作りで、ゆったりと座れるようになっているのだ。

 初夏の陽気だが、湿度はさほど高くない。

 

 時折、吹く風が実に心地よい。

 祖父と騎士たちは何を言うでもなく、足を湯につけてゆったりとした時間を過ごす。

 

「先ほど従僕に飲み物を頼んでおきましたので、じきに運ばれてくるでしょう」

 

「気が利くな、ゴトハルト」


「お褒めにあずかり光栄です」


 しばらくすると従僕と侍女たちが、おじさん作のワゴンで軽食と飲み物を運んでくる。

 侍女が手早く飲み物を配っていく。

 

 それはおじさんが密かに開発していたお酒であった。

 アメスベルダ王国において、酒と言えばワインが一般的である。

 とは言え、それは貴族での話だ。

 

 庶民の間ではエールもよく飲まれている。

 他にも地方の地酒的なものがあったりするが、その辺は把握できていない。

 ただおじさんとしては、お酒の開発にも手を抜くわけにはいかないのだ。

 特にこだわったのがリキュールである。

 

 実はおじさん、リキュールが好きだった。

 ただ前世では知識こそあっても、実際にはさほど嗜むことはなかったのである。

 

 なぜならおじさんの製造責任者が酒乱であり、あまりいいイメージがなかったからである。

 さらに長じてからは、お酒を楽しむような時間もあまりなかった。

 

 しかし、だ。

 苦手だからと言って、温泉郷で酒をださないわけにはいかない。

 美味い酒と料理がなければ、温泉の魅力も半減してしまう。

 なので、色々と準備をしていたのである。

 

 その試作第一号とも言えるのがオレンジのリキュールだ。

 豊かなオレンジの香りとクセのない苦み、そしてすっきりとした口当たり。

 炭酸水もあることだし、ソーダ割りでだすことにしたのである。

 

「ほう!」


 祖父が一口飲んで声をあげる。

 この季節には嬉しい爽やかな香りが広がったからだ。

 ほんのりと甘く、苦みもある。

 

「……美味いな。これもリーが?」


 祖父が侍女に聞くと、こくりと首肯する。

 

「お嬢様は色々と準備をなされていました。こちらをおつまみにしてみてください」


 侍女がワゴンから祖父の前に運んできたのはチョコレートであった。

 酒に甘い物という発想がない祖父である。

 だから、驚いてしまう。

 

「合うのか?」


 祖父の問いに、侍女はどこか不敵な笑みをみせる。

 

「とても、合いますわよ」


 その表情と言葉に挑発されたような気になってしまう。

 で、祖父はチョコレートをつまんで口に運ぶ。

 ねっとりとした甘みが口の中に広がった。

 

 オレンジリキュールのソーダ割りを含む。


「おお!?」


 それは想像していたものとはまったく違う風味の革命であった。

 

「これは……ご隠居様、お嬢様に礼を言わねばなりませんな」


 隊長の言葉に祖父は大きく頷いた。


「お祖父様っ!」


 そのタイミングでおじさんの声が響く。

 見れば、孫娘が使い魔をつれてこちらにむかっていた。

 

「どうしたのじゃ、リー」


「お祖父様に許可をいただきたかったのです!」

 

「なんの許可じゃ?」


「転移陣ですわ! 転移陣でここと領都をつないでしまうのです!」


 ふんす、と鼻息を荒くするおじさんである。

 

「転移陣じゃと? 迷宮ダンジョンにあるアレか」


「そうなのです! 正確には迷宮ダンジョンにあるものとは仕組みが違うのですが、結果的には同じことですのよ」


“ふむぅ”と祖父は考えこんでしまう。

 転移陣の有用性は非常に高い。

 しかし、それをどこまで使うべきか。

 

「お祖父様?」


「ああ、すまんな。りー、とりあえず家族が使う分には許可をしよう。大規模な運用についてはハリエットとも相談せねばなるまい」


「ありがとうございますわ! では!」


 よほど転移陣に気をとられているのだろう。

 おじさんはさっさと踵を返して行ってしまう。

 その様子が祖父にはなんとも愛らしく思えて、つい頬を緩めるであった。

 

 そして、おじさんの話していた内容の危険さに、隊長たちは頬を引き攣らせるのである。





///////////////////////////////////////////////////////


最新の近況ノートにてアンケート的なものを行なっています。

ご協力いただけると幸いです。

よろしくお願いいたします。


//////////////////////////////////////////////////////

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る