第225話 おじさん物騒な被害者と対峙する


 それはいつものように天空で揺蕩っていた。

 半ば微睡みながら、気ままに空を飛んでいたのである。

 

 空を飛ぶ魔物としては、飛翼獣ワイバーンが有名だろう。

 他にも様々な魔物がいるのだが、絶対にそれにはケンカを売らない。

 

 なぜなら、それは天空の支配者なのだから。

 天空の支配者に敵対するものなどいないのだ。

 

 気ままに腹を満たし、気ままに寝る。

 それは支配者にだけ許された特権だ。

 

 だが、一条の閃光が突如としてやってきた。

 恐ろしい速度で、だ。

 半ば微睡みの中にいた、それには反応ができなかった。

 

 そして、閃光がそれの身を焼いたのである。

 常時展開される魔力の波動による防御も、障壁もなにもかもをたやすくぶち抜いて。

 ついでに言えば、身を焼くどころではなく、貫きもしたのである。

 

 天空の支配者として生まれ、絶対無敵を誇るそれは自身になにが起こったのか理解できなかった。

 なぜなら痛みなど初めての経験なのだから。

 

 反射的に情けない声をあげてしまう。

 そして途惑ったのだ。

 なにが起こったのか理解できなかったから。

 

 しかし天空の支配者の名は伊達ではない。

 焼かれ、貫かれた身体は回復する。


 そこで、それは気づいた。

 今のが痛みというものか、と。

 そして情けない声をあげたことに怒りを覚えた。

 

 怒りは自身へのものから、痛みを与えた者へと対象が変わった。

 

 それは巨体をゆっくりとうねらせ、咆哮をあげる。

 大気を振動させ、ビリビリとした波動が伝わっていく。

 

 天空の支配者の矜持を傷つけた者は許さない。

 それは巨体をうねらせ、本気の速度で地上へと降下していくのであった。

 

 最初に気がついたのはおじさんである。

 今のおじさんは絶好調だ。

 地下世界を統べる大魔王に、光の珠を使わずとも瞬殺できるくらいには。

 

「トリちゃん、バベル!」


 使い魔たちに警戒を促す。

 そして、自身は天空をキッと睨んだ。

 

「全体、停止!」


 おじさんの声が響く。

 と、同時にバベルが結界を重ねて張った。

 

「どうしたのだ、リー?」


「お祖父様、もうすぐやってきますわ」


“なにがじゃ”の言葉は、祖父の口からでることはなかった。


 その場にいた全員が気づいたからである。

 空から猛烈な速度で、なにかがやってくると。

 それが近づくにつれて、圧力が増していくのだ。

 

 バベルの張った多重結界がなければ、卒倒する者もいただろう。

 それほどの強い圧を放ちつつ、それは現れた。

 

 それは龍である。

 ドラゴンとは一線を画す神獣。

 この世界においては、そう認識されている。

 

 全長がどのくらいなのかもよくわからない。

 ただただ巨大な身体をくねらせながら、それはおじさんたちの行く手を遮るように上空にとどまっていた。

 

 天空の支配者たる黄金色の龍である。

 

 その姿を確認した騎士たちは呆然自失になった。

 侍女たちも同様である。

 龍の存在は知られていても、実際に目にした者などいないのだから。

 

 さらに信じられないことに、天空龍が口を開き吼えたのだ。

 

『くぁwせdrftgyふじこlp!』


「ちょっとなに言ってるのか、わかんないですわねぇ」


 おじさんである。

 ただ一人、おじさんだけが龍に対して平静を保っていた。

 

『くぁwせdrftgyふじこlp、くぁwせdrftgyふじこlp!』


『主よ、あの龍は頭に血が上っておるようだな』


『ほほほ。筆頭殿、麻呂が少しばかり躾けてこようかや』


 言うや否やバベルの姿が消える。

 次の瞬間に、わめき散らす天空龍の顔が跳ね上がった。

 さらに顔が右へ左へとブレる。

 

 フルぼっこ。

 それでも大してダメージを負っていなさそうなのが天空龍たる由来であろう。

 

『黙りや』


 なぜ殴ってから言うのか。

 ああ、うるさかったからか、とおじさんは自己解決していた。

 

『主よ、我も少しあれに用がある』


 トリスメギストスもふよふよと飛んで、バベルの隣にいく。

 何事かを天空龍に伝えているような素振りである。


『なるほど。これが地を這う虫けらの使う言葉か、へぶし』


 天空龍の顔がまたブレる。


『言葉の使い方に気をつけるでおじゃる』


『うむ。次はないぞ、小僧』


乃公だいこうこそが天空の支配者あるぞ、言葉に気をつけるのはそちら……』


 天空龍の尊大さに、イラッとしたのは使い魔たちだけではない。

 自らを乃公だいこうと呼ぶ傲慢さが、おじさんの癪に障ったのだ。


「トリちゃん、バベル」


 その声音でわかったのだろう。

 使い魔たちは、おじさんの元に戻ってくる。

 

巨神の足踏みギガント・タイタン・フォール!】


 天空の支配者である天空龍。

 その身体が大地へと踏みつけられる。

 巨大な巨大な神の足によって。

 

『ぐぬぅ。これは先ほどと同じ魔力! そうか、キサマがっ!』


 天空龍がおじさんを見る。

 そう。

 うっすらと青みがかった銀色の髪に、アクアブルーの瞳をした超絶美少女を。

 

『おのれ、おのれ、おのれ! 結婚してくだしゃい!』


「おことわりですわ!」


 喰い気味で、天空の支配者からの求婚を拒絶するおじさんであった。

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