第222話 おじさん魔法は天の限界を突破する


「らせんの力は無限に進化するのですわ!」


 ふんす、と息を吐いてやる気満々である。

 しかし、おじさんが祖父に向き合ったところで待ったがかかった。


「リーや、その技は受けきれんわい」


「むむ……そうなのですか」


 しゅんとなるおじさんである。


「試しに平原にむけて放ってみるといい。あちらの方角なら遊牧民の集落もなかろうて」


 祖父の言葉に、おじさんは頷いて少し腰を落とした。


「はいやー」


 と、おじさんが右拳を突きだす。

 それと同時に炎の二重らせんを描く魔力が放出される。

 まるでレーザービームだ。

 

 すべてを焼き払いながら、エンサタイ平原を突き進む。

 大地に一本の道を残しながら。

 

「げぇええ!」


 驚いたのはおじさんである。

 完全に想定していた以上の威力だったのだ。


 祖父を含め、侍女や騎士たちは目が点になっている。

 詠唱が必要ではない魔法が、あそこまでの威力になるなんて、と。

 

 おじさんは慌てて、他の部位に宿らせていた魔力を霧散させる。

 そして、なかったことにしようとした。

 

「お、おほ、おほほほ」


『主よ、笑ってごまかせると思うな!』


 勝手にでてきたトリスメギストスがツッコむ。

 

「仕方ないじゃありませんの!」


『主よ、被害がでていたらどうする気だったのだ!』


「でていますの?」


『バベルがとめた。が、瀕死であるぞ』


「……バベルっ!」


 おじさんが召喚魔法を使う。

 自慢の狩衣はただの消し炭になっていた。

 本来の姿に戻った獅子頭の魔神も煙に包まれている。

 

【治癒】


 おじさんの治癒魔法によって、時間を戻すようにバベルの姿が復元されていく。

 ホンの数秒程度でバベルの姿は元に戻っていた。

 

『まったく! なんなのだ! あの異常な魔力の放出は!』


「ちょっとお祖父様に習った技を練習しただけです」


 トリスメギストスに目があれば、きっとギロリと睨んでいたはずだ。

 そんなイメージを想起させる動きで、祖父に向き直る総革張りの本である。

 

『祖父君!』


 厳しい声が飛ぶ。

 が、祖父はいっこうに気にする様子もない。

 

「そうは言われてもな。あの技は我が家に伝わる相伝のひとつ」


“まぁ”と言いながら、祖父は頬を掻いた。


「あの威力になるのはリーだからこそではある。が、今回の失敗でリーは学んだはずじゃ! なんの問題もなかろうて」


 祖父の孫バカが発動する。

 それに加えて、おじさんも“うんうん”と頷いていた。

 

『そうは言うがな、祖父君よ』


 そこで完全に復活したバベルが割って入ってくる。


『よいではないか、筆頭殿よ。麻呂には筆頭殿が心配するのも理解できるでおじゃる。だが、それを理由に主殿を縛るのは荒唐であろう? それよりも……』


『それよりも?』


『主殿には根源の法を授けるとよいでおじゃろう』


『そんなものを教えれば……いや、一理あるか。我が主であれば……』


 そこでトリスメギストスは考えこんでしまう。

 

「バベル殿、根源の法とはなんのことじゃろう?」


 おじさんは妙な方向に話が転がったことに困惑している。

 両手を合わせて、唇の前にもっていく。

 だが、根源の法というパワーワードに惹かれているのは目の色から隠せない。


『祖父君よ、麻呂には言えぬことも多いゆえ詳しくは語れぬのでおじゃる。すまぬな』


「いや、こちらこそ無作法を詫びよう」


 祖父は気がついた。

 バベルは召喚されたとき、自らを魔神だと名のった。

 その魔神が言えぬというのだ。

 つまり神々の規律に触れることなのだろう。

 

 そのようなものを授かるであろう我が孫が誇らしい。

 ただ手放しでは喜べない部分もある。

 明らかに人から逸脱することになるからだ。

 

 人智を超えた存在に徒人ただびとが抱くのは、畏敬か敵意である。

 いずれにしても対等な関係を結ぶことはできないのだ。


 そんな寂しい思いを孫にはさせたくない。

 だから自分の目が黒い内は、絶対に孫の笑顔を曇らせないと決心する祖父であった。

 

『うむ。主よ、主上からも許可が下りた! 我が根源の法を授けようではないか』


「本当ですの?」


 喜色満面といった表情でおじさんが飛び跳ねる。

 

『うむ。祖父君よ、しばし主を借りる。出立の準備が整えば、先に出ても問題ない』


「いや、帰ってくるまで待っておるよ」


『承知した。さほど時間はかからぬと思う。バベル、現世と隔世の狭間あちらに転移したいができるか?』


『無論。麻呂に任せるでおじゃる』


 狩衣にワイルドなイケメンの姿に戻ったバベルが答える。

 次の瞬間に、おじさんと使い魔たちの姿は消えていた。

 

「しっかし我が孫はどこまで強くなるんじゃろうなぁ」


 祖父がボソリと呟く。

 そこには期待と決意の色があった。

 

「ご隠居様、ご心配は無用かと存じます」


 隊長の言葉に祖父は頷く。

 

「リー様はリー様ですわ。どのような力を身につけられても、私は変わらずお仕えいたします」


 側付きの侍女が宣言する。

 その言葉に他の侍女たちや騎士までもが賛同の意を示すのであった。

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