第220話 おじさんドヤ顔になる
おじさんは新しく使い魔になったバベルを見る。
狩衣はダボっとした動きやすい服装だ。
しかし、その服の上からでも筋骨隆々なのがわかる。
ぢっと目の前で正座をしているバベルにむかって、おじさんはにこりと微笑んだ。
「ご苦労様でした」
『御言葉ありがたく。主殿、ひとつ願ってもよろしいかな』
「聞きましょう」
『今しばし送還は待っていただきたいのでおじゃる』
「かまいませんわ。お好きになさい。トリちゃん、お願いしてもいいですか?」
『うむ。我に任されよ。しっかりと新参者の教育をしようではないか』
使い魔たちにむかって、頷くおじさんであった。
「トリちゃん、わたくしに言うことがありませんか?」
『なんの話だ?』
とぼけたトリスメギストスにおじさんは言う。
「わたくし、きちんと目的を果たしましたわよ」
『うむ。バベルがな』
「わたくしの作戦勝ちですわね!」
『ぐぬぬ。わかった、認めようではないか。主も成長しておる!』
おじさんは満足そうな表情を見せた。
見事なドヤ顔である。
そんな表情でも憎らしいほどに美少女だ。
「さて、お祖父様。これで魔物の討伐は完了ですわね!」
おじさんが微笑みながら祖父に言う。
「で、あるな」
祖父もしっかりと首肯する。
「お祖父様にお話ししたいことがいっぱいありますのよ!」
と、宝珠次元庫を取りだして、素材をすべて仕舞ってしまう。
そして、おじさんはログハウスを取りだすのだ。
中に入ろうとして、足をとめるおじさんである。
「ゴトハルト、後は任せてよろしいですね?」
「は。万事整えておきましょう。出立はいつになされますか?」
「今日は騎士たちを休ませよ。諸々の後始末は明日行なうこととする。余裕をもって明後日の出立でいいじゃろう」
おじさんがそこで割って入る。
「お祖父様、こちらを騎士たちに振る舞ってもよろしいですか?」
酒樽である。
今回は港町アルテ・ラテンで仕入れた物を提供した。
「うむ。明日に響かん程度に許可しよう。ゴトハルト、頼む」
「は。ご隠居様とお嬢様に感謝を」
畏まる隊長の後ろで、“うひょー”と騒ぐ者がいる。
「では、まいりましょう」
おじさんは祖父の腕をひいて、ログハウスへと足をむけた。
侍女たちもついていく。
お茶を味わいながら、おじさんは語った。
王都であったなんやかんや。
シンシャという使い魔のこと。
食事をはさみつつも、おじさんは祖父に話し続ける。
港町ハムマケロスで邪神の信奉者たちをやっつけたこと。
港町アルテ・ラテンのことや、温泉郷開発のことなどである。
実に楽しそうに語る孫娘を見て、祖父も微笑みを絶やさなかった。
しかし、王太子との一件については別である。
腸が煮えくりかえるほどの怒りを覚えていたのだ。
「そうですわ! お祖父様、温泉郷へとまいりませんか?」
「ん? 領都に帰る前に寄ればよかろう」
「実はいいものをもらったのです!」
おじさんはアクアブルーの宝石がついた耳飾りを指で弾く。
「ミヅハお姉さまにいただいた、転移の魔道具ですわ!」
嬉しそうに語る孫娘を見れば、断るのは忍びないと思う祖父だ。
しかし、ここは心を鬼にして断る。
「リーや、たしかにワシも温泉には興味がある。しかし隊を率いる者としてそれはできんのじゃ」
「そうですわね。……ごめんなさい、お祖父様。少しはしゃぎすぎましたわ」
「すまんな、リー。じゃが領都に帰る前には視察を約束するからの」
祖父の言葉にニコリと微笑んで頷くおじさんであった。
一方でトリスメギストスとバベルの使い魔組は陣の外にでて話しこんでいる。
わざわざ遮音の結界まで張ってだ。
『――というわけでな。我も大変な思いをしておるのだ』
『委細承知した。まことに主殿は数奇な運命を歩んでおじゃるな』
狩衣姿の偉丈夫であるバベルは腕を組み、息を吐く。
『それでも主は楽しんでおるぞ。今生の生活をな』
『ならば佳いではないか。今後は及ばずながら麻呂も手助けをいたそう』
『なかなか話のわかる男ではないか。魔神などと言うから警戒しておったのだ』
トリスメギストスの言葉に、“ふっ”とバベルが笑う。
『神などと言っても不自由なものでおじゃるぞ。自らの神性に縛られることもそうだが、麻呂のような古き神は信仰さえも失われてしまう』
寂しそうに目を伏せ、“ゆえに”とバベルは続ける。
『新たなる生を得るために待っておるのよ。そのような機会は滅多にありはせんがな。麻呂は幸運であったよ。心からそう思う』
『出し抜いたと言っておったではないか』
ニヤリと悪い笑みをうかべたバベルが言う。
『なに、魔神は悪知恵が働くものと相場が決まっておじゃる。そうであろう?』
バベルの言葉にトリスメギストスは一緒になって笑い声をあげるのであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます