第219話 おじさんあぶねえヤツを手下にする


「ぬぅ。ただならぬ気配を感じるが……何者だ?」


 おじさんの前に顕現したなにか。

 それは獅子と人間を融合させたような頭を持つ者である。

 両腕は獅子のもので、両足は鷹のよう。

 さらに背中には四枚の翼まである。

 

 それがおじさんの前で跪いていたのだ。

 

『あれは外なる神の一柱であるな』


 祖父の言葉にトリスメギストスが答える。

 

「外なる神……」


『うむ。祖父君よ、異界の神だと思っておけばいい』


“なるほど”と祖父が納得する。

 神が絡むことなのだ。

 深くは追求しない方がいい、と判断したのである。

 

「あなたの名はなんですの?」


 おじさんが、獅子の頭を持つなにかに聞く。

 それは“ほほほ”と涼しげに笑った。

 

『麻呂の名は――におじゃる。』


 名の部分が聞こえない。


『以前の名は剥奪されておるぞ』


 そこにトリスメギストスが割って入った。


『ふむぅ。なれば“山より猛々しく荒ぶり出づる 、大気の悪霊の王者”とでも言おうかや。芳醇にして広大無辺な魔力に惹かれてやって参ったしだい。主殿よ、麻呂に名をくれぬか?』


 またもや名である。

 今回は召喚したのだから当然である。

 が、おじさんは自身にそういうセンスがないのを痛いほど知っているのだ。

 

 だから、その整った柳眉をへの字にしてしまう。

 やや間をあけて、おじさんは口を開いた。

 

「では、あなたに名を授けましょう。これより、バベルと名のりなさい」

 

 なんのことはない。

 バビロンからとっただけである。

 だが、獅子の頭を持つなにかは非常に気に入ったようだ。

 

『ほほほほ。これはこれは佳き名をいただいたでおじゃるな。神の門の名を授かるとは。愉快、愉快!』


 跪礼のまま大笑した獅子の頭を持つ者はバベルの名を受けいれた。

 そのことによって、ペカーと光る。

 光が収まると、ワイルドな風貌をしたイケメンがいた。

 身には狩衣をまとっている。

 

『そなた亜神であったのか』


 トリスメギストスが問う。

 亜とは本来ものよりも足りないことを指す。

 つまり神未満の存在である。

 

『いかにも。麻呂はよ』


 とバベルはその屈強な肉体を縮こまらせて、おじさんの前で正座をする。

 そのまま深々と頭を垂れて、言った。

 

『主殿。佳き名を頂戴したこと恐悦至極。これより麻呂は主殿に臣従いたします。なんなりとお申しつけくだされ』


「あなたを喚んだのは、この先にいる魔物を倒してほしいからですの」


『魔物? 主殿がおじゃれば物の数ではなかろうて』


 はて、と首をかしげるワイルドイケメンである。

 

『そこは我から説明しようではないか、新参者よ! 我こそが主の筆頭配下トリスメギストスである!』


 すかさずマウントを取りにいくトリスメギストスであった。

 有無を言わせず、かくかくしかじかと説明する。

 

『なるほど。そういうことでおじゃったか。では麻呂が行って潰してこようぞ』


「できますか?」


『ほっほ。麻呂は熱風と疫病の魔神ゆえ、命を奪うことには長けておりまする』


『では、バベルよ。素材だけ持ち帰ってくれるか?』


『任されよ、筆頭殿』


 そう残してバベルの姿は大気に溶けるようにして消えた。

 

 祖父はバベルが消えたことで、ようやく息を大きく吐く。


「どうかなさいましたか、お祖父様」


 心配そうにおじさんが祖父を見上げる。


「いや、なんでもない」


 祖父はおじさんの頭をなでながら思った。

 自重しないと、こうなるのかと。

 まさか亜神クラスを軽々と召喚するなどとは思ってもみなかった。

 

 だが、祖父の思いはトリスメギストスと逆である。

 世界を滅ぼす力であろうと、使いこなせれば問題ないと思う。

 ふだんから力を制限して使わないというのでは、いざというときに加減ができない。

 

 だからこそ使うべきだと思うのだ。

 力を使うことで、己を知ることができる。

 そうすればどんな状況であっても、正しく行使できると考えるのだ。

 

 自分が健在の間なら、どうとでもしてやれる。

 最悪は命をかけてもいい。

 それが祖父たる自分がすることだと確信していた。

 

「リーよ。これからも失敗を恐れてはいかんぞ」


 祖父の優しくも覚悟に充ちた言葉に、にっこりと大輪の笑顔を見せるおじさんであった。


 その次の瞬間。

 先ほどと同じ位置に、同じ姿で跪くバベルの姿があった。

 

『主殿、彼の地の魔物を討伐しもうした。こちらをお納めくだされ』


 と、狩衣の中からごろりとした牙や、皮膜など様々な素材がでてくる。

 

「あら、早かったですわね」


『ほほほほ』


 顔をあげ、上機嫌で笑うバベル。

 その視線の先には、超絶美少女おじさんがいる。

 

『主殿からいただいた魔力を存分に奮えたのでおじゃるからな』


『なじむか?』


 おじさんの隣にいたトリスメギストスが、バベルの眼前にきて問うた。

 

『愚問であるな、筆頭殿よ。今の麻呂ならマルドゥックすら羽ばたきひとつよ』


『……バベルよ、わかっておるな?』


『なにゆえ麻呂があの阿呆どもを出し抜いてきたのか。ふふ……麻呂のすべては主殿のために振るうと誓おうぞ』


 その返答に満足したのか、トリスメギストスはおじさんの隣に戻るのであった。

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