第216話 おじさんのいない王都公爵家邸の一日


 おじさんがタルタラッカで開発三昧の日々を過ごしていた頃である。

 カラセベド公爵家のタウンハウスでは母親と王妃が話をしていた。

 

 おじさんの作った家具であふれる最上級のサロンである。

 

「妊娠してると思うんだけど」


 と言う王妃のお腹に手をあてる母親であった。

 

「うん。確かに魔力を感じるわね。おめでとうございます、お姉様」


 母親のその言葉に、思わずといった感じで顔をほころばせる王妃である。


「ありがとね、ヴェロニカ。あのお薬がとっても効果があったみたい」


「でしょう? またご入用でしたらいつでもどうぞ」


 妹の返答に満足そうに頷く。

 そして、悪い顔で笑う姉妹である。

 

 お茶を飲みつつ、ひとしきり世間話をしたところで母親が聞いた。

 

「で、どうなってますの?」


 邪神の信奉者たちの話である。

 王太子の教育係が渡した耳飾りのせいで大変なことになった。


 だが、おじさんのお陰で致命には至らなかったと言えるだろう。

 ギリのギリだったが。

 

「陛下もかなり本腰を入れておられるわね」


 無言で頷き、先を促す母親である。

 

「各地で魔物の蠢動も見られるし、おそらくは邪神の信奉者たちが外法を使っているのだろう、と」


「なるほど」


 返答をしつつ、母親はニヤリと唇の端をつり上げる。

 予想どおりであったからだ。

 各地の機能を麻痺させつつ、王都で動乱を起こす。

 

 基本をしっかりと押さえた作戦だと言えるだろう。

 ただ既に見抜かれている。

 

 王国側が対策をとれば、相手も見抜かれていることにも気づくだろう。

 そのときに邪神の信奉者たちがどう動くか。

 

「そう言えば、のリーちゃんが討伐した地竜ですけどね」


 母親はお茶を含みつつ、王妃に言う。

 さりげなくアピールする母親だ。

 だって婚約破棄はもう公爵家の決定事項になったのだから。


「学園長と一緒に討伐しちゃった件ね」


「あれもどうやら邪神の信奉者たちが行なったような形跡がありましたわよ」


 母親の言葉に王妃は目を丸くする。

 

「なかなか広い手を持っているわね」


「でも、そろそろ目障りになってきましたわ、お姉様」


 王妃はヴェロニカの見せる薄ら笑いに背筋が凍りそうになる。

 目がまったく笑っていないのだ。


「なにか掴んでいるの?」


「まだ具体的なものはなにも。ただ……事が起きれば私もでますから」


 衝撃的な言葉に王妃は思わず問い返す。


「え?」


 王妃あねが目を丸くさせたことに驚いた母親も同様に返した。


「え?」


 王妃からすればだ。

 妹には動いてほしくない。

 だって、なにをするのかわからないからだ。

 

 だけど知っている。

 この妹は兄弟の中では、ある意味で最も貴族らしい貴族なのだ。

 誇り高く、民を思い、国を愛する古い貴族である。

 

 だから王妃はその言葉を聞いて諦めた。

 尻拭いなんて何度もしてきたことなのだから。

 

「ねぇヴェロニカ。お願いだから、王都を灰にするのだけはやめてね」


 さすがにそれはかばえないからだ。


「いやねぇお姉様。皆殺しに決まっているじゃありませんか」

 

 うん。答えになっていない。

 それを聞いて、王妃は顔をわずかに引き攣らせた。

 これはもうダメだと。

 

 もし、である。

 王都の中で戦うことがあれば、この妹は被害を気にせずにやる。

 そういう妹だ。

 

 いや十中八九は手加減をすると思いたい。

 しかし残りの一ないし二の部分がどうしても信じ切れないのだ。

 

 王妃は心のメモにこのことを書き留めておく。

 王城に戻ったら、真っ先に宰相である兄に報告しなければならない。


「そういえばお姉様、ちょっとした物がありますのよ」


 そこで母親はわざと空気を変えることを選んだ。

 宝珠次元庫から漆器を取りだすと、王妃の前にならべる。

 

「うわぁ! なにこのステキな器は!」


「うちのリーちゃんが新しく開発した物ですのよ」


「あれ? そう言えばリーちゃんが居ないわね」


「今は領地の方へ行ってますわ。そこで新しいものを見つけたらしくて。つい最近になって手紙と一緒に届いたのです」


 母親が説明している間も、王妃は漆器に夢中である。

 この国では見かけない新しい食器や小物だ。


「あ! 今さらだけどヴェロニカの髪飾りもそうなの?!」


 母親が自慢の銀髪を彩る漆器の髪飾りに手をやる。


「うちのリーちゃんが贈ってくれたのよ! ステキでしょ?」


「おほん。ヴェロニカ、わかっているわよね?」


「もちろんよ、お姉様」


 母親はそこで王家に献上するための漆器を取りだした。

 王家の紋章がデザインされた小箱に、髪飾りが入っている。

 

「やったわああああ! もう専売の許可を与えちゃう! 陛下には私から言っておくから!」


「お姉様、それだけではないのですわ」


「は? どういうこと?」


 母親はとっておきの炭酸水を紹介する。

 シンシャを使って、おじさんが贈ってきたのだ。

 炭酸水がでる樽を。

 

 侍女がそこでレモンスカッシュを運んでくる。

 氷が浮かんでいて、なんとも涼やかな見た目だ。

 ちょうど気温が上がってきた今頃には嬉しい飲み物である。

 

「それをまずは召し上がってみてくださいな」


 そこから王妃は炭酸水にドはまりしてしまった。

 公爵家邸で炭酸水を使った湯船にも入ったのだ。


 しかも、夕食はおじさんが作った漆器のお重に入ったうな重であった。

 はしたないことに、おかわりまでしてしまったのだ。

 

 もうなんだか訳がわからなくなる王妃である。

 そして満たされたお腹をさすりつつ、帰りの馬車の中で思うのだ。

 

 良くも悪くも自分の手には負えない、と。


 ヴェロニカでさえ持て余すのだ。

 そこに加えて、ヴェロニカ以上に振り回してくる姪っ子である。

 

 ――そりゃあ王太子キースなんて眼中に入らないわよね。

 

 そこに負の感情はなかった。

 いっそ、すがすがしいまでに器がちがうからだ。

 

 だが王国の未来を思えば、頼もしいことこの上ない。

 絶対に敵に回してはいけないが、味方につけておけばこれ以上はないほど心強い存在。

 

 王妃は改めておじさんのことをそう認識したのである。

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