第215話 おじさんのいない薔薇乙女十字団の反省会


 薔薇乙女十字団ローゼンクロイツの部室は沈黙に包まれていた。


「……しっかし学園長は強かったわねぇ」


 聖女がいつものように口火を切った。

 アルベルタ嬢が気を失ったあと、聖女が舞台に上がったのだ。

 しかし、聖女の魔法も体術もまったく学園長には通用しなかった。

 

「ぜんっぜんダメだったのです!」

 

 パトリーシア嬢も同じだ。

 ちなみに薔薇乙女十字団ローゼンクロイツの全員が学園長と手合わせをしている。

 しかし、誰一人として手傷を負わせることができなかったのだ。

 

「褒めてはくださいましたが……」


 薔薇乙女十字団ローゼンクロイツの全員と手合わせをした学園長は言った。

“大変よろしい、皆も見習うように”と。


 この言葉に驚いたのは上級生だ。

 学園長がここまで褒めるのは珍しい。


「腹が立ちますわね。学園長にではなく、リー様の留守を預かる私自身にです」


 アルベルタ嬢が悔しそうに眉をしかめる。

 

「それを言うなら、私たち全員の問題かと」


 ニネット嬢が言う。

 

「わ! 私も! まったく歯が立ちませんでしたっ!」


 プロセルピナ嬢が続く。

 

「皆、一層の奮励努力が必要ですか」


“ほう”と息を吐いて、アルベルタ嬢が目を伏せた。


「リー様にこのことを報告するのは気が重いですわ」


 その言葉に全員が同じように俯く。

 今回は薔薇乙女十字団ローゼンクロイツの強さを見せつける意味も大きかった。

 目的は半ばまで達成できたかもしれない。

 

 だが、本当の意味ではできなかった、と薔薇乙女十字団ローゼンクロイツの面々は考えている。

 正確にはたった一度の戦いで、周囲にわからせる実力がなかった、と。


 自分たちは強くなった。

 確かにその実感はあったし、手応えもあったと言える。

 事実、二年生とは言えど上級生を歯牙にもかけなかったのは収穫だろう。

 

 だがそれは学生レベルでの話である。

 その証拠に、学園長にはまったく通用しなかったのだ。

 つまり長く伸びていた天狗の鼻をポキンと折られてしまった状態である。

 

 比較する相手が悪いとは思わない。

 なぜなら薔薇乙女十字団ローゼンクロイツの目標はおじさんなのだから。


 皆が思っていたのだ。 

 リー様なら学園長にだって負けやしない、と。

 

 そして、今回のような話もおじさんがいれば起こらなかっただろうと思うのだ。

 だからこそ自分たちが願う理想には、まだまだ遠いのを改めて認識してしまった。


 だが実際には既に薔薇乙女十字団ローゼンクロイツの考えは達成されたと言える。

 なにせ学園長相手に負けたとは言え、奮戦してみせたのだ。

 その内容は明らかに頭一つ抜けた状態にあったのだから。

 

 全員がほどよく落ちこんだところで、パンパンと手を叩く音が響く。

 

「はいはい。落ちこむのはそこまでにしときましょ!」


 聖女である。

 

「こういうときはね、思いきり美味しいものを食べて、飲んで、騒ぐのよ!」


「……エーリカ」


 アルベルタ嬢が聖女を見た。

 

「いい? 落ちこんでたって強くはなれないんだから。また明日から努力すればいいのよ!」


「そうなのです! エーリカの言うとおりなのです! お父様も言ってたのです。負けたあとに気持ちを切り替えるのが大切だって!」


「そうね! そうしましょう!」


 アルベルタ嬢がぎこちなさの残る笑みをうかべた。

 

「アリィ! こういうときのためにお姉さまから預かっていたものがあるのです!」


 パトリーシア嬢が、フフンという表情を見せる。

 だが、その顔もどこか無理をしているようで痛々しいものがあった。


「なんですってー!」


 わざとらしく声をあげたのは聖女だ。

 

「これなのです!」


 パトリーシア嬢が宝珠次元庫をとりだす。

 そして、その中身を机の上にだした。

 

 それはおじさんの姿をデフォルメしたぬいぐるみである。

 

「あ! まちがえたのです!」


 時すでにおしである。

 

“ぎぃやあああああ”と爆発的な声が部室に響いた。


「ちょ、返すのです!」


 獲物を狙う猛禽類のような素早さで奪ったアルベルタ嬢である。

 おじさん人形を抱き、そのお腹に顔をこすりつけていた。

 

「はあぁぁぁぁ。リー様! リー様!」


 くんかくんか。

 すんすんと鼻を鳴らすアルベルタ嬢だ。


「エーリカ、アリィが壊れたのです! 治癒魔法なのです!」


 さすがに様子のおかしいアルベルタ嬢を見て、パトリーシア嬢が声をかける。


「ちょっとアリィ、ズルいわよ! アタシにも貸しなさいよ!」


 だが聖女の目もどこかおかしい。


「エーリカもなのです!」


 パトリーシア嬢が周囲を見ると、薔薇乙女十字団ローゼンクロイツの面々が距離を詰めていた。

 それはさながらゾンビ映画のようである。

 

「お、お姉さま。早く帰ってきてほしいのです!」


 おじさんがパトリーシア嬢に預けていたのは、お茶会用の食べ物である。

 初めてのお茶会で好評だった、サンドイッチやスイーツの詰め合わせだ。

 自分がいない間になにかあれば、と念のために渡していた。

 

 だが、それは日の目を見ることはなかったのである。

 パトリーシア嬢のちょっとしたミスが大きな波乱を呼んでしまったのだから。

 

 結局のところ、パトリーシア嬢はおじさん人形を全員分請け負う羽目になってしまった。

 アルベルタ嬢と聖女の二人であがなうので、金銭的な負担はない。

 しかし精神的な負担が大きかった。

 

 その日、パトリーシア嬢は返してもらったおじさん人形を抱いて眠ろうとしたのだ。

 ただぎゅっと抱きしめると、アルベルタ嬢の香りがする。

 

「……これはもうアリィにあげるのです」


 寂しそうにそう呟くのであった。

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