第211話 おじさんがいない薔薇乙女十字団はケンカを売られる


 その日、学園にある薔薇乙女十字団ローゼンクロイツの部室に激震が走った。


「ぬわんですってぇ!」


 真っ先に発言したのは聖女だ。

 立ち上がり、握り拳まで作っている。


「エーリカ、落ちついて」


 爆弾発言をしたアルベルタ嬢が聖女をなだめる。

 

「落ちついていられるかっての! だってケンカを売られてるのよ、アリィ!」


 そうなのだ。

 前回の薔薇乙女十字団ローゼンクロイツの議題に上がったことが発端になっている。

 つまり追加で入団できるか、否かという点だ。

 

 前回から数日経過している現在でも、その結論はでていない。

 というか薔薇乙女十字団ローゼンクロイツの中では、おじさんに丸投げする予定だったのだ。

 しかし、あの話はどうなっているのだとせっつかれる。

 

 薔薇乙女十字団ローゼンクロイツの中でも、のらりくらりと言質をとらせない術を心得ている令嬢は限られるのだ。

 そもそも血気盛んな年頃である。

 売り言葉に買い言葉で、つい言ってしまったのだ。

 

“ケンカ売ってンですか? センパイ”と。

 

 むろん相手からすれば、挑発にのってくれたとほくそ笑むわけだが。

 

「も、申し訳ありません!」


 張本人であるプロセルピナ嬢が立ち上がって頭を下げる。

 

「プロセルピナに非はありませんわ」


 プロセルピナ嬢の隣の席に座るニネット嬢が立ち上がった。


「彼女は私をかばったのです。ですので私から謝罪を。申し訳ありませんでした」


 そこでアルベルタ嬢が二人を制止する。

 

「謝罪の必要はありません。無礼なめられているのは、私たち全員の責任です」


 普段よりも三割マシでキリッとした表情になるアルベルタ嬢であった。

 そうなのだ。

 ケンカを売っても勝てると思われている。

 

 そこが問題なのだ。

 薔薇乙女十字団ローゼンクロイツには手をだせば危険である。

 そう思わせないといけない。

 

 一年生だけで結成された薔薇乙女十字団ローゼンクロイツだ。

 上級生から無礼なめられるのは仕方ない?

 そんなわけはない。

 

 アルベルタ嬢にとって、それは敬愛するおじさんが穢されたのと同じなのだ。

 だから相手に腹が立つというよりも、自分たちのふがいなさが許せない。


「そうなのです! お姉さまがいないからといって無礼なめられるのはダメなのです!」


 パトリーシア嬢が、ドンと机を叩く。

 

「やられたらやり返すわよ! プロセルピナとニネットだけじゃない。皆の分もあわせて十五倍返しよっ!」


 聖女はしてやったりという表情である。

 

「エーリカ! たまには良いこと言うのです!」


「たまにはってなによ、たまにはって!」


 聖女とパトリーシア嬢が騒ぐ。

 その二人を放置して、アルベルタ嬢がスッと立ち上がった。

 

「では、皆さん。決を採りますわよ、このケンカ、買いますか? 賛成の者は挙手を」


 全員の手が挙がる。

 聖女とパトリーシア嬢はバンザイの状態だ。

 

「よろしい。では、派手にまいりましょうか。薔薇乙女十字団ローゼンクロイツの名を高める機会と思いましょう。リー様の御名は誰にも穢させませんわよ!」


 アルベルタ嬢とパトリーシア嬢、そして聖女の三人が部室をでる。

 行き先は学生会の部屋だ。


「失礼しますわ」


 ノックをしてからアルベルタ嬢を先頭に三人が部屋に入る。

 中にいたのは、シャルワール=リャシ・ホーバルであった。

 伯爵家の次男にして、学生には見えない鍛え抜かれた身体を持っている。

 

「おう。アルベルタ嬢だったな。そっちがパトリーシア嬢に、聖女様か。三人そろってどうした?」


「魔技戦の許可をいただきにきましたの」


 真っ直ぐにシャルワールを見据えるアルベルタ嬢だ。


「ああ。噂にはなってたが、本当だったのか」


「ええ。うちの者がケンカを売られましたの。相手は魔法戦術研究会の二年生、三人ですわ」


「おう。そりゃあ無礼なめられてんな!」


 がははと豪快に笑うシャルワールだ。

 

「会長はしばらく留守にされているから、オレが今は代行をしてるんだよ。ってことで許可する」


「かまいませんの?」


 アルベルタ嬢の問いにシャルワールは獰猛な笑みを見せる。

 そもそも一年生の魔技戦は、長期休暇明けから始まるわけだ。


 現時点で魔技戦を申しこむというのはフェアな勝負ではない。

 だから学生会から許可を取るのに、あれこれと考えていたアルベルタ嬢である。

 

「おう。お前らも自信があるんだろう? だったら問題ない」


「承知しました。では、魔技戦の決定通知はお任せしても?」


「万事取り計らってやる。存分にやれよ」


 その言葉を聞いてから、三人は退室した。

 後ろ姿を見ながら、シャルワールは思う。

 

“ったく怖え一年生だ”と。

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