第210話 おじさんタルタラッカ周辺開発を終えて旅立つ


 おじさんの作った温泉旅館が聖域に認定された。

 この世界では人類初となる偉業である。

 さほどおじさんは気にしていないのだが。

 

 おじさんは翌日からも精力的に動いた。

 水精霊アンダインたちの協力を得て、聖域の手前に公爵家用の別荘を建てる。

 こちらは東京駅をモチーフにしたものだ。

 

 赤煉瓦を使って、丸みを帯びたようなデザインにした。

 旅館と丸かぶりの建物を作るのは、おじさん的にはちょっと避けたかったのだ。

 

 さらに駐屯地とタルタラッカの新村、公爵家の別荘で囲まれた地域を開発する。

 こちらは保養地と観光地を兼ね備えたものだ。

 自然はできるだけ残しつつ、レジャー施設も充実させていく。

 

 聖域が作られたことで、魔物が近づかなくなったのも大きい。

 完全にゼロになるわけではないが、以前よりも発生しにくくなっているのだ。

 

 だいたい七日ほどかけて、おじさんは周辺地域の開発をすませてしまう。

 大々的に行われた開発によって、タルタラッカ周辺は完全に生まれ変わった。

 もはや村とは言えないくらいの規模になったのだから当然だろう。

 

 おじさんも魔法を使いまくって大満足である。

 精霊たちの協力もあったお陰で、温泉もどんどん開発できた。

 王国一の温泉郷といってもいい。

 

 開発があらかた終わったところで、おじさんは水精霊アンダインから手渡されたものがある。

 それはアクアブルーの宝石を埋めこんだ耳飾りだ。

 この耳飾りに魔力をとおすと、聖域に転移できるとのことであった。

 

 ボウリングと卓球にドハマリした水の大精霊からのお礼である。

 もう少ししたら、大精霊で集まって大会を開くとのことであった。

 恐らく水精霊アンダインは胃の痛い思いをするだろう。

 

 おじさんや侍女たち、騎士たちも温泉ですっかりリフレッシュできた。

 特に水虫に悩まされる騎士は、名残惜しそうな顔をしている。

 できれば駐屯地に配属されたいと希望する者が多い、と団長も苦笑いだ。

 

 開発から約十日後のことである。

 おじさんたちは、タルタラッカの駐屯地で出発の準備を整えていた。

 

「思ったよりも実りのある滞在になりましたわ」


 独り言のような、おじさんの言葉に侍女たちも頷く。

 

「漆器の量産体制にも入れそうですし、お祖母様が送ってくださった文官たちもがんばっています」


 おじさんの言葉には上らなかったが、騎士団も追加の人員が派遣されている。

 さすがに騎士だけでは人数が足りず、今回は臨時雇いの冒険者も含まれていた。


 ちなみに冒険者の中には、どこで噂を聞きつけたのかおじさんファンが混ざっている。

 領都のお披露目でおじさんに心を奪われてしまったのだ。


「そう言えば、お母様は随分と漆器を売りこんでいるようですわね」


 侍女たちの頭にはお揃いの髪飾りがつけられている。

 おじさんが勢い余って漆器で作ってしまったのだ。

 

 それを母親にもシンシャに送ってもらったのだが、とても喜ばれた。

 洋風なこの国において、やはり和風の飾り物は目を惹くらしい。

 

「リー! いるかい?」


 感慨に耽っているおじさんの元にいたシンシャが声を発した。

 祖母からの緊急通信だ。

 いつもよりも声が鋭い。

 

「お祖母様、どうかなさいましたの?」


「セブリルがマズいことになっている。そちらの方が近いから救援にいっておくれ」


「お祖父様がっ! わかりました、すぐにむかいますわ!」


 おじさんの言葉を聞いて、侍女のひとりが走った。

 緊急であると隊長に告げに行ったのだ。

 

「エンサタイ平原の南方まで陣を退いたらしい。タルタラッカからは南西に進んで、一日くらいで着くから頼んだよ」


「承知しました。最速でむかいますわ!」


 通信を終えたおじさんは、トリスメギストスを召喚する。

 

『主よ、こういうときこそ焦ってはダメだぞ』


「心得ていますが、はやってしまいますわ」


「お嬢様! 準備が整いましてございます!」


 隊長がその厳つい顔を見せた。

 少しだけ落ちつくおじさんである。

 

「ご苦労様です。既に聞いているでしょうが、すぐにお祖父様のもとにむかいますわ」


「は」


「目的地はエンサタイ平原の南方。ゴトハルト、全員騎乗させなさい。馬を魔法で回復させながら走らせます」


「は?」


 そんなことはでき……るのだろうな。

 お嬢様なら。

 隊長は納得して、大きく頷いた。

 

「魔法はすべてわたくしが使います」


 なんとも頼もしい言葉であった。

 隊長はすぐさまに騎士たちに指示をだす。

 

 黄金の鬣をもった白馬にまたがったおじさんが、整列した騎士たちに言葉をかける。

 

「お祖父様の危機かもしれませんの。皆の力をわたくしに貸してくださいな」


「応!」


 と騎士たちの声が揃う。

 

「トリちゃんは小鳥を飛ばして斥候を」


『既に飛ばしておるぞ』


 おじさんは馬たちに魔法を使う。

 そして、出発の号令をかけた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る