第209話 おじさん知らないうちに偉業を達成する
『あ゙あ゙あ゙……』
気の緩んだ声をだしているのは水の大精霊であるミヅハだ。
露天風呂が相当に気に入ったようである。
今は壺湯の中で、
「どうですか、ミヅハお姉さま」
おじさんが声をかけると、半ば開いていた口を閉じる水の大精霊であった。
『う、うん。ここはいい場所ですね。ユトゥルナが好んでいたのもわかります』
「よろしければ精霊の皆様がご自由にお使いくださいな。もとはと言えば、ユトゥルナお姉さまが気に入っておられた場所だったのです」
『それはありがたい話だと思います。ですが、それでいいのですか? ここはあなたが家族と楽しむために作ったのでしょう?』
「お気になさらず。まだ開発する予定だったのです。そちらにも作ればいいだけですから」
おじさんは微笑んでみせる。
べつに惜しむことのほどではないと心から思っているからだ。
前世で何度も味わった徒労に比べれば、なんということはない。
むしろ楽しんで使ってもらえるのなら、それで本望なのだ。
精魂こめて作り上げたものが、ムダにならないのなら十二分に報われている。
『ならば、ワタシどもも手助けをしましょう。リーに感謝を。それとこちらをお持ちなさい』
水の大精霊はおじさんにキラキラと七色に光る石を渡す。
大きさは掌大、形は紡錘形である。
「……これは?」
『精霊の雫と呼ばれるものです。精霊の力を固めたもの、と考えればいいでしょう。使い方はトリスメギストスに聞いてください』
ちらりと目線をやる水の大精霊である。
その先には土下座のような形で動かない
まだダメージが抜けないようだ。
特に気を抜いたところにきた、予想外の二発目が大きかったみたいである。
「ありがとうございます」
『かまいません。それこそあなたが気にすることではないのです。それに……この先は精霊の雫がもっと集まると思いますよ』
「は?」
『精霊は人のように金銭であがなうことはしませんから。それは精霊からのお礼です。この場所を訪れて、楽しむ精霊は多くいると思いますよ』
「……そんなつもりはなかったのですけど」
『いいのですよ、そんなことは。それよりもワタシたちは……』
水の大精霊が中空を睨む。
そこから神威の力がキラキラと舞う。
小さな光は範囲を増していき、ついにはおじさんの作った旅館全域を覆ってしまった。
それを見て、ふ、と水の大精霊が柔らかい笑みを見せる。
『この場所は聖域として認められたようですよ』
「……聖域」
『そうです。天上に御座す方々も認めたということですね』
水の大精霊がおじさんの頭をなでる。
『偉業を達成しましたね、リー』
「よくわかりませんわ」
首を横にこてんと倒しながら、おじさんは笑った。
『人の作った場所が聖域に認定されるなど初めてのことですからね』
「そうなのですか? となると、なにか神殿のようなものを建てた方がよかったりしますの?」
『いえ、聖域に認定されたということはこの地は特殊な結界に覆われたと考えてください』
「特殊な結界……」
おじさんの真剣な表情に、“ふふ”と水の大精霊が微笑む。
『リー、あなたは自覚していないようですが、神威の力というのは人にとっては無条件で畏敬の念を抱いてしまうものなのです』
「ということは、わたくし以外は近寄れないということですの?」
『そうなります』
「となると、つないでしまった回廊もどうにかしないといけませんわね」
『まぁその辺りは追々どうにかいたしましょう。まずは侍女たちを迎えに行ってあげなさい。ユトゥルナはまだあのザマですからね』
「はう! 忘れてましたわ。ではお先に失礼しますわ、ミヅハお姉さま」
『ええ。また明日にでも顔をだしてください。ワタシたちでも協力できることはありそうですから』
遠ざかるおじさんの背中を見ながら、水の大精霊は少しだけ目を細める。
『ユトゥルナ、いつまでそうしているのです』
『あはは……』
『妹ができて嬉しいのはわかります。ですが、少し羽目を外しすぎましたね』
『ごめんなさい、お姉さま』
『謝る相手がちがいますよ、ユトゥルナ。あなたをこの聖域の管理者とします。明日からはリーのお手伝いをなさい。わかりましたね』
“はい”と殊勝に答える
しかし、その内心では合法的にここに住める、とガッツポーズをとっていた。
『トリスメギストス、あなたも主のもとへ帰りなさい』
水の大精霊がそう言うと、トリスメギストスの姿がスッと消える。
一方の
そんな妹の様子を見て、こっそり重い息を吐く水の大精霊である。
おじさんがタルタラッカ周辺の開発を終わらせた後に、この聖域には多くの精霊が訪れることになる。
そして、管理者として
ここに住めば、遊び倒せるとの目論見は音を立てて崩れたのだ。
そのことに気づいた
『どうしてこうなったのお!』と。
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