第208話 おじさん水の大精霊と出会う


 水の大精霊。

 いわゆる始原の精霊の一柱になる。

 水精霊たちを取りまとめる役割を担っているのだ。

 

 それが今、顕現している。

 高身長のキリッとした武人風の美女だ。

 ただ、半龍半人とでも言うべきか。

 

 肌のところどころは淡い水色の鱗で覆われていた。

 深海を思わせる暗い水色の髪から鹿のような枝分かれした角が二本生えている。

 さらには龍のしっぽらしきものもあった。

 

 おじさんが気になるのは、水の大精霊が持つ先端が三つ叉にわかれた矛だ。

 恐ろしさを感じる冷徹な眼差し。

 そして何よりも上級精霊ですら、尻込みするほどの圧倒するほどの魔力。


「かっこいいですわ!」


 平常運転なのはおじさんだけである。


『……水精霊アンダイン


 低くもなく、高くもない。

 中性的な声である。

 

 呼ばれた水精霊アンダインは直立不動だ。

 

『久方ぶりにお母様からの話があったかと思えば、あなたに処分をくださねばならないとは』


 そこで水の大精霊が少しばかり目を伏せる。

 

『悲しいことですね』


 水精霊アンダインは、さっきまでデレデレだったのに顔を青ざめさせていた。


『ち、ちがうのです! ご、誤解です、お姉さま』


『ほおん、お母様がワタシに嘘を言ったというのですね』


 ぴしゃりと大精霊のしっぽが床を叩く。

 

“ひぃ”と水精霊アンダインが悲鳴をあげる。


『うわあはっはっは! ユトゥルナよ、どんな気持ちだ? 今、どんな気持ちだ?』


 よほど腹に据えかねていたのだろう。

 トリスメギストスが煽る。

 

 そんなトリスメギストスを見て、水の大精霊は息をひとつ吐く。

 

万象ノ文殿ヘブンズ・ライブラリー、いえ。今はトリスメギストスでしたね』


『な、なんであろうか』


『お母様は嘆いておられましたよ。なんのためにあなたを遣わしたのか、と』


『いや我はがんばっておるぞ、ものスゴくがんばっておる!』


『これ以上、お母様の期待を裏切るようであれば……わかっていますね?』


『う、うむ……』


『……水精霊アンダイン


 水の大精霊の目がトリスメギストスにむいている間に、水精霊アンダインはこっそり逃げだそうとしていたのだ。


無礼なめられたものですね。再教育といくべきでしょうか』


『た、たすけて、リーちゃん!』


 そのやりざまが水の大精霊の逆鱗に触れる。

 武人風の見た目どおり、彼女は曲がったことが大嫌いなのだ。

 

『キサマら、そこになおれぇい! その腐った性根、叩き直してくれるわ!』


 ドン、と床に矛の石突き部分を叩きつける。

 

『い、いや、我は関係なかろうて!』


『やかましい! 連帯責任だっ!』


『そんな無茶な理屈がとおるか! この脳筋めが!』


 トリスメギストスの言葉に、“なに言っちゃってんの”と目を丸くする水精霊アンダインだ。


『ば、ばかっ! お姉さま、今のは私じゃないですからね。脳筋なんて言ってませんからね』


『言っておるだろうが』


『うっさい、黙れ!』


 水の大精霊が顔を赤らめ、プルプルと身体を震わせた。

 同時に魔力が異常なまでに高まっていく。

 呼応するように、温泉の水面がぶくぶくと泡を立てる。

 

 さすがのおじさんもマズいと思ったので、結界を重ねがけして強化しておく。

 

『だ、誰が脳筋だぁあああああああああ!』


 怜悧な武人風だった水の大精霊。

 どうやら本性はちがったようである。


『逝ってこい! 九頭龍咆哮撃ハイドラ・エクスキューション!!!』

 

 水の大精霊の背後に九つの首を持つ大きな水龍が出現する。

 九つの首が咆哮をあげて、そのあぎとを大きくあけた。

 口腔内から高まった魔力とともに、高圧水流のブレスが射出される。


『ッアアアアアアアアアアアアア!』


 水精霊アンダインとトリスメギストスの二人が打ち上げられていく。

 

「はいどら・えくすきゅーしょん!」


 かっこいい技におじさんも思わず感化されてしまう。

 そう。

 ちょっと真似をしたくなったのだ。

 

 それは“えいやー”と子どもが真似をするのと似ていた。

 カンフー映画を見たあとに、ムダにパンチを打ちたくなるアレと同じである。

 

 だが、おじさんの背後にも黄金色に輝く九頭龍が出現してしまった。

 どおんと大きいのが。

 

 そして、えげつないブレスを放つのだ。

 落ちてきたトリスメギストスと、水精霊アンダインにむかって。

 

『ッアアアアアアアアアアアアア!』


「やってしまいましたわ」


 わざと、ではないのだ。

 そうなってしまったのだから仕方がない。

 てへぺろとするおじさんである。


『うむ。今のはいい感じだったぞ』


「はじめまして。リー=アーリーチャー・カラセベド=クェワと申しますわ。水のお姉さま」


『ワタシは……っと。ワタシたち精霊の名は人には聞き取れないのでした』


 しゅんとする水の大精霊におじさんは声をかけた。


「では、ユトゥルナお姉さまのように、わたくしが名前をつけてもいいですか?」


 少し逡巡したあと、“頼む”と水の大精霊がおじさんに頭を下げる。


「そうですわね……ではミヅハというのはどうでしょう?」


『由来を聞いても?』


「わたくしが知る水の神様ですわ」


 ニコッとおじさんは笑う。

 弥都波能売神みづはのめのかみは、おじさんが知る代表的な水神である。

 それにミヅハという響きが、武人っぽい水の大精霊に似合っていると思ったのだ。


『では新しき妹からの贈り物として、ミヅハの名をうけとりましょう』


 こうしておじさんの人には言えない交友関係がまたひとつ増えたのであった。


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