第207話 おじさん温泉付きレジャー施設を作ってしまう


『だから言ったであろう! 調子にのるな、と!』


 巻き添えを食らってしまったトリスメギストスが烈火のごとく怒声をあげる。

 

『仕方ないじゃない! お姉ちゃんになれて嬉しいんだもの!』


 水精霊アンダインも負けじと返す。


『そのせいで我まで罰をうけたのだぞ!』


『チッ。うっせーな、はんせーしてまーす』


『それで謝ったと言えるか、このドブ精霊!』


『ああん? なんつった? 今、なんつった? ケンカすんのかよぉ!』


 不毛な二人の言い合いの間にも、おじさんは我関せずと次々に魔法を発動させていく。

 水精霊アンダインに教えてもらった魔法の発動がしっくりとくるのだ。

 

 大自然の景観を残しつつ、おじさんは様々な工夫をこらした施設を拡充をしていく。

 壺湯に打たせ湯といった基本的なものは押さえつつ、寝湯や薬湯などにもチャレンジした。

 さらには魔道具とあわせて実現したジャグジーまである。

 

 ところどころに四阿あずまやが置かれ、休息がとれるようにもなっているのだ。

 ついでに言えば、水が飲める場所まである。

 

 旅館の温泉としてはデキすぎなくらいだ。

 ついでに弟妹たち用に温泉スライダーも作ってみた。


 旅館の中には、遊戯専用室まである。

 温泉と言えば欠かせないものも作ってあるのが、おじさんのこだわりだ。


 そう、卓球台である。

 他にも麻雀台やらビリヤード台なども作ったおじさんだ。

 とっておきは、フルサイズのボウリング場まで完備している点だろう。

 

『主よ! 主はどっちが……ぬわぁ!』


 トリスメギストスが驚くのも無理はない。

 おじさんが夢中になった成果は、この世界で初となるレジャー施設の誕生だった。

 木々の間を通りぬけるようなスライダーまである。

 

『なにこれ! すっごいんだけど!』


 おじさんの作った公爵家の別荘は、和風の旅館とレジャー施設が融合したものである。

 ただ、これは雛形に過ぎない。


 本命としては温泉地を開発して、観光地化することにある。

 ただひとまずは完成したと言っていいだろう。

 まずはこの旅館の使い心地を試した上で、大きなものを作っていきたいのだ。

 

「トリちゃん、侍女たちを呼んでくださいな」


『承知。小鳥を飛ばせばよかろう』


「ついでに大規模開発のための測量もお願いしますわ!」


『心得ておる。新しい村と駐屯地、この私邸で囲まれた地域でいいな』


「かまいませんわ」


『リーちゃん、お姉ちゃんが結界を張っておくわねぇ』


「ユトゥルナお姉さま、お願いしますわね!」


“はあい、お姉ちゃん、がんばっちゃう!”と水精霊アンダインがデレる。

 おじさんから見ても、見事な結界を一瞬で張ってしまう。

 さすがに上級精霊だ。


「お姉さま、侍女たちがきたときは……」


『わかってるぅ。お姉ちゃんにまかせてぇ』


 なんとも気持ちの悪いしゃべり方になってしまう水精霊アンダインであった。

 どうやら一度の神罰では改まらないようだ。


 では、とおじさんは水精霊アンダインとトリスメギストスを引き連れて旅館へと足を踏み入れた。

 

 とにもかくにも温泉に入りたいおじさんだ。

 若干だが早足で旅館の中を進んでいく。

 もちろん和風旅館なので、靴は玄関で脱いでスリッパで移動だ。

 

 大きめに作った脱衣所にて、服を脱いで浴衣よくいに着替える。

 がらり、と引き戸をあけると、そこは湯気が立つ室内風呂だ。

 木の香りがリラックス感を演出してくれる。

 

 しかし、室内風呂はスルーするおじさんだ。

 本命はやっぱり露天風呂である。

 

 鮮やかな緑があふれる景観に、野趣あふれる石を組んで作った風呂。

 奥には壺湯などの施設も見える。

 

「我ながらいいものを作りましたわね」


 自画自賛をするおじさんである。

 そこへ浴衣よくい姿になった水精霊アンダインが姿を見せた。

 

「お似合いですわね、ユトゥルナお姉さま」


『え? そう? お姉ちゃん、困っちゃう』


 背中の甲羅は背負ったままなんだ、とおじさんは思った。

 だがそこは精霊のすることだ。

 気にしたって仕方がない。

 

「こうやって、かけ湯をしてから湯船につかるのですわ!」


 精霊の身体が汚れるとは思わないのだが、マナーはマナーなのだ。

  

『あ゙あ゙あ゙……』


 しっかりかけ湯をしてからお風呂に入るおじさんと精霊である。

 仲良くならんで入っていたのだが、水精霊アンダインは好奇心を抑えられなかった。

 

『ねぇリーちゃん。お姉ちゃん、さっきからあの大きな台が気になっているんだけど!』


「あれはですね……」


 おじさんは温泉スライダーの説明をする。

 

『お姉ちゃん、行ってくりゅ!』


「トリちゃん」


『むぅ。我が行くのか』


「だってわたくしは点検もかねてますし」


『……仕方ない』


 しばらくすると水精霊アンダインの実に楽しそうな声が聞こえてきた。

 なんだかはしゃぎ回っているようだ。

 

 おじさんはおじさんで、壺湯に打たせ湯などを試していく。

 一通り堪能して四阿あずまやで、のんびりしていると水精霊アンダインが戻ってきた。

 

『リーちゃん、ここすっごく楽しいんだけど』


『我は疲れた……心が』


 なんだかいつもよりも宝石の光り具合が弱い使い魔である。

 そんな使い魔を横目にしながら、おじさんは口を開く。


「まだまだ楽しめる場所はありますわよ、ユトゥルナお姉さま」


『お姉ちゃん、ここに住むぅ!』


 水精霊アンダインが、おじさんに抱きついたときであった。

 

 温泉の水面に高密度の魔力が集まり、人の形をとっていく。


『げぇえええ! お、お姉さま……』


 姿を見せたのは、水の大精霊であった。

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