第206話 おじさん温泉開発に夢中になる


 この水精霊アンダイン

 実は上級精霊の中では末っ子なのだ。

 なので妹扱いされるのは仕方ないと思っている。

 

 だけど、自分だってお姉ちゃんになってみたいとずっと思っていた。

 だが彼女にその機会が訪れることはなかったのである。

 そんなときに出会ったのがおじさんなのだ。

 

 この愛くるしい姿をした妹をめでたい。

 お姉ちゃんと呼んでほしい。

 仲良くなりたい。

 

 幾星霜も抱えてきた思いが、ようやく結実しようとしているのだ。

 それはもう、ちょっとくらい暴走したっていいじゃない、と。


 侍女と騎士たちは、目の前で起こっていることが信じられなかった。

 いや信じる、信じないではない。

 見てはいけないものを見ているかのような気分になるのだ。

 

 なにせ神の代行者たる上級精霊が、他人には見せられないデレデレとした表情になっているのだから。

 おじさんにデレデレしつつ、身を寄せているのだ。

 

『そうそう。そうやって、うん、よくできました』


 水精霊アンダインがおじさんを抱きしめ、頭をなでている。

 

 おじさん的には距離が近いなぁと思わないでもない。

 ただ家族からして、日常的にハグをしてくる環境で育ったのだ。

 なのでこっちの世界での親愛的な表現は、こういうものか、という認識がある。

 つまり、疑問には思っても不審には思わない。

 

 それにさすが上級精霊とでも言うべきか。

 魔法に関しては的確なアドバイスをしてくれるのだ。

 

『うぉほん。侍女に騎士たちよ、ここは我らに任せよ。そなたたちは駐屯地へ行き、整えてくるといい』


 あまりにも目があてられない状況を察する使い魔だ。

 そこで気をきかせて、人払いをすることにした。

 

「ですが……」


 渋ったのは侍女である。

 だが、トリスメギストスが間髪いれずに反論した。

 

『我に水精霊アンダインまでいるのだぞ。ここで万が一など起こりようがない』

 

「承知。駐屯地にて待機しておりますので、なにか御用があれば申しつけください」


 侍女の前にでた副長が了承してしまう。

 

「ちょっと!」


「いいから。ここは空気を読んでおけ」


 副長に諭されて、侍女も渋々頷いた。

 

「私がお姉ちゃんなのに……」


 去り際にぼそりと呟いた侍女の言葉に、“侍女よ、お前もか”とトリスメギストスは思った。

 

「……ということで、ここの温泉はユトゥルナお姉さまたち精霊の専用としたいのです。ですので他にお湯が湧く場所を教えてほしいのですわ」


『なるほど、ここを隔離したいのね。それはいいんだけどぉ。でもでもリーちゃんがきてくれないとぉ、お姉ちゃん寂しくて泣いちゃうかもぉ』


 くねくねとする美人さんを見て、おじさんは苦笑いだ。

 

「では、こうしましょう。こちらはわたくしと家族のみが利用する私用の温泉地としますの。でしたら、わたくしもこちらにこれますわ!」


『そうね、リーちゃんの家族ってことは、私の家族も同然! 決定、決定、大決定!』


 ということで、おじさんはサクサクと魔法で温泉旅館のガワを作っていく。

 男湯と女湯、そして混浴用と三つの区域にわける。

 さらに大事な露天風呂も忘れてはいけない。


 ついでに足湯ゾーンも作ったのは、男性陣が利用しやすいようにだ。

 酸性泉は水虫なんかの皮膚病にも効果があると言われている。

 

 そして、できあがったのが和風な旅館だった。

 畳の問題もおじさんの錬成魔法で強引に解決したのだ。

 寝るのもベッドではなく、布団である。

 

 その仕上がりを見て、おじさんは頷いていた。

 これぞ、一度は泊まってみたかった旅館だ。


 旅館での時間を過ごすために浴衣ゆかたなんかも作ってみる。

 おじさん、食器なんかも和風でそろえていく。

 お膳も漆器で作ったりとやりたい放題である。

 

『見なれないけどステキだと思うわぁ』


 べったりと引っついている精霊が、おじさんに抱きついてくる。

 

『ユトゥルナよ、あまり調子にのらぬことだ。主上はいつでも主を見ておられるのだぞ』


『だって初めてできた妹なんですもの。お母様だってお許しくださるわよ』


“ねー”と言いつつ、おじさんのほっぺに顔を寄せて、スリスリする水精霊アンダインであった。

 だが、その行動がいけなかったのだろう。

 

『はひ!』


 水精霊アンダインが奇妙な声をあげた。

 次の瞬間、神威の力がキラキラと中空を舞う。

 

『あばばばばばばば!』


 まるで電撃にでも打たれたように、水精霊アンダインの身体がビカビカと光った。

 

『自業自得であるな。我はとめたのだか……あばばばばば!』


 なんで我まで、と思うトリスメギストスであった。

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