第201話 おじさん村人を落としてしまう

 報告をすべて聞いた祖母はおじさんに言う。

“自重するな、好きにやれ”と。

 つまり、白紙の小切手をきったのである。

 

 結果、おじさんは任命されてしまった。

 タルタラッカ開発全権大使に。

 

 村に戻ったおじさんは入浴と食事をすませる。

 その後に、おじさんは緊急の住民集会を開くのであった。


「――ということですわ」


 村人を前におじさんは今後の展望を語った。

 だが、どうやら村人たちにはピンとこなかったようだ。

 そこで頭を捻る。

 

「まとめますわね。あの湯の湧く場所はとても貴重なものですので、公爵家が手を入れますわ。ただ村と近い場所ですので、どうしたって影響がでます。そこで村を少し離れた場所へ移そうと考えているのです」


 はい、と村長が手をあげた。


「その移る場所はどちらになるのでしょうか?」


「この近辺を考えていますの。具体的な場所はまだですが、候補地があれば教えてくださいな。もちろん! 村の開発も公爵家で責任をもって手伝いますわ」


 村人がざわついている。

 

「それとタルタラッカの主な収入源は木地師の方が作る木工製品と聞きましたの。この木工製品をさらに毒の木の樹液を使って加工できますの」


 と、おじさんは侍女にむかって合図をだす。

 それはおじさんがササッと錬成魔法で作った漆器である。


 黒の下地に金色の模様が映える椀であった。

 もうひとつ同じデザインで朱塗りのものもある。

 カラセベド公爵家の家紋を入れてあるのだ。

 

 その見事さに、村人から感嘆の声がもれた。

 

「木地師の方にはこちらを作ってもらおうかと思っていますの」


 木地師の一人が声をあげた。


「の、呪いは! 呪いはないのでしょうか!」


 その問いに、おじさんはニコリと微笑んだ。

 

「大丈夫ですわ! もし樹液に触れても治療できる薬をお渡しします」


「そのきれいな器を、近くで見たいです!」


「かまいません」


 侍女が器をもって木地師のもとへ足を進める。


 漆器。

 漆の樹液に酸化鉄などの成分をまぜて塗料としたもの塗った木製の器の総称である。


 アメスベルダ王国内では初となるものだ。

 それが目の前にある。

 

 村人たちは近くで見ればわかる。

 この椀は確かに自分たちが作ったものだと。

 それがここまでの品になるのだ。

 

 これを自分たちに作れと言うお嬢様がいる。

 自分たちに作れるのだと確信した表情をしているのだ。

 それが職人としての誇りを、思いきりくすぐっている。

 

 この国で初めての物を作らせる、という信頼も嬉しい。

 お嬢様の期待に応えなくて、それが職人と言えるだろうか。

 いや、言えるはずもない。

 

 木地師として仕事をする者たちは、皆が心を掴まれてしまった。

 

「今、この場ですぐに決めろとは言いません。皆で話し合いたいこともあるでしょう。ですので三日後にまた集会を開きます。そこでどうしたいのか教えてくださいな」


 おじさんは席を立って、ログハウスへと侍女を伴って戻る。

 

「お嬢様、村人が反対した場合はどうなさるのです?」


 ソファに座ったおじさんに侍女が声をかけた。


「べつにどうもしませんわね。対話を続けて条件を引き上げるだけでしょうか」


「お嬢様であれば、問答無用で進められますが」


「それはいたしません。場所を譲れと言っているのはこちらなのです。彼らにも生活があるのですから、無理をとおして道理を曲げれば公爵家の名に傷がつきます」


“御意”と侍女が頭を下げる。


「ところでお嬢様、先ほどの器。とても美しゅうございますね」


「でしょう! 絶対に流行ると思うのです!」


「家紋を入れられるのがいいですわね。貴族は絶対に欲しがります」


「あまり大量に生産しては価値が損なわれますからね。王家に献上する分を生産してからですわね」


 貴族における家紋とは大事なものだ。

 爵位によって利用できる図柄などが厳密に決められている。

 そのため貴族家から依頼があれば、図柄を間違えてはいけない。

 

 そうした注意点はあるものの、漆器は絶対に人気になるとおじさんは思うのだ。

 ちなみに、あの漆。

 おじさんが知るものとは少しちがっていた。


 トリスメギストスが小鳥の式神を使って、少し樹皮を掻いたのだが“ぶしゃ”と樹液がでた。

 おじさんの記憶では漆の一滴は血の一滴とも言われるほど貴重だったのだ。

 しかし、こちらの漆は血の気が多いらしい。

 

 そうして採取した漆の樹液を錬成魔法を使って、サクッと塗料に変えてしまった。

 ついでにおじさんは小箱を四つほど作っている。

 こちらは父母と祖父母に贈る用のものだ。

 

 魔法を使って公爵家の家紋である紋章を立体的に作っている。

 そこへ漆を塗布していく。

 本来なら乾燥させるなど、様々な工程を踏むものだ。

 

 だが、おじさんの錬成魔法にかかれば敵ではない。

 あっさりと高級感と芸術性の高い小箱ができてしまった。

 

「いいデキですわね」


 侍女たちがうっとりと小箱を見つめている。

 そんな様子におじさんは、くすりと笑った。

 

 次の瞬間――シンシャが箱に身体を伸ばして覆ってしまう。

 

「シンシャ!?」


 次の瞬間には小箱の内、二つがシンシャの体内に消えていた。


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