第200話 おじさん村の改革を提案する


「村長、この毒の木はどのくらいありますの?」


「はひ! ここら一帯に生えておりまっしゅ!」


「湯の湧きでる場所はもう近いのですか?」


「あとほんのちょろ……ちょろっとでっしゅう!」


 平身低頭な村長を見て、おじさんはなんだか悪いことをしている気になってしまう。

 ヨアンニスに目をやると苦笑をうかべていた。

 

「トリちゃん、わかりましたか」


『うむ。それなりの量は見こめる。主の計画を実行するのには問題ない』


「んんー。かといってこの一帯を開発するのは難しくなりましたわね」


『主よ、木を魔法で別の場所に移すか?』


「そうですわね、場所の選定はトリちゃんができますの?」


『もちろんである』


「ついでに少し樹液を採取しておいてくださいな」


『承った』


「それにしても……シンシャを連れてこなかったのは失敗ですわね」


『む。祖母君からは許可があったのだ。主の好きにできよう』


「いえ、きちんと報告はしておくべきですわ。それに」


 と、おじさんは村長に目をやる。

 今度は直立不動になる村長であった。

 

「村での暮らしも変えてしまうでしょうから、きちんと説明をしておかないといけませんわ」


 封建制度的な仕組みであるとしても、おじさんは住民との合意形成は大事だと思うのだ。

 こうしたことを疎かにしていては、いずれ民たちに不満がたまってしまう。

 

 お上からの一言というのは、ここではほぼ絶対的な力を持つ。

 魔物という天敵がいる世界において、民を守る貴族なくしては生活が成り立たないのだ。

 おじさんとてそうした教育はうけている。

 

 ただどうしたって中の人の影響がでてしまうのだ。

 そのため本当の意味で、王侯貴族の持つ権力の強さを理解しきれていない部分がある。

 

 だが、そうしたおじさんの内面的な部分が、余人にははかれない。

 故に思ってしまうのである。

“この御方はどこまで民のことを案じられておられるのか”と。


 少なくともこの場にいるおじさん以外は、そうしたことを考えていた。

 ないがしろにされていない、気にかけてもらっている。

 領民たちにそう思わせることが、統治をする上で大事なのだ。

 

 その点で言えば、おじさんのだした答えは百点以上だった。

 なにせ村長が感激していたのだから。

 

『主が納得できるのなら、それでいいだろう。主よ、我が鳥を飛ばしてもいいが、召喚してみてはどうだ?』


「召喚? わたくし、シンシャとは使い魔の契約を結んでおりませんよ」


『それは理解しておる。だが主の魔力はシンシャの中に深く根付いている。それをたどれば召喚できるのではないか?』


 トリスメギストスの言葉に、おじさんは頷く。

 目を閉じて、自分の魔力を探る。

 

 内へ。

 深く、深く。

 そして次に外へ広げていく。

 同質の魔力は……あったとおじさんは確信した。

 遠く離れた場所に大きなひとつ、少し離れた場所に小さな五つ。

 

 小さな五つが公爵家邸のシンシャに間違いない。

 そのひとつに喚びかけてみる。

 すると、おじさんの足下にクルクルと回りながら輝く魔法陣が出現した。

 

「テケリ・リ、テケリ・リ!」


 嬉しいのか、おじさんの周りを跳び跳ねている。

 

「できましたわ! トリちゃん!」


『う、うむ……。できてしまったか……』


 勧めておいてなんだが、トリスメギストスはできないと考えていた。

 理論としてはできる。

 が、机上の空論であろうと思っていたのだ。

 驚きという他はない。


 トリスメギストスは、おじさんの評価をさらに上方へ修正する。

 もう上はないと高をくくっていたが、まだ上があるようだ。

 自らがおじさんにくだした評価は過小も甚だしい。

 

 どこまでも底が知れない主を尊崇するとともに、期待もまた大きくなるのだ。

 なにを見せてくれるのか、楽しませてくれるのか。

 トリスメギストスに表情があれば、きっとニヤニヤとしたものであっただろう。

 

「シンシャ! お祖母様につなげてほしいのですわ」


 おじさんはシンシャを抱き上げて魔力を供給する。

 

「テケリ・リ、テケリ・リ!」


 了承したのであろう。

 しばらくしてシンシャから祖母の声が聞こえてくる。

 

「お祖母様、リーですわ!」


「ん? リー? シンシャは置いていったはずだけど」


「そのことは後でお話ししますわ。先にご相談したいことがありますの」


 こうしておじさんの企んだ温泉開発計画が進んでいくことになる。

 さらには漆器というオマケまであるのだ。

 おじさんが話を終えたときには、夕暮れが始まっていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る