第199話 おじさん温泉の湧く場所にて発見してしまう


 食事の片付けを終えて、おじさんたちは帰路についていた。

 その途中で隊長から話しかけられる。

 

「お嬢様、手料理を振る舞っていただき、ありがとうございます」


「わたくしが食べたかったので、気にする必要はありませんわよ」


 そんなおじさんの答えに、隊長は察したのだろう。

 大きく頷いてから、呵々と大笑する。


 本当は察するもなにもない。

 おじさんは本音を言っただけである。

 

 しかし隊長は勘違いしてしまったのだ。

 自分たちに気をつかわせないための方便だと。

 それが微笑ましく思えて、笑ったのである。


「しかし……シクステンは相変わらずですわね」


「良くも悪くも素直ですので」


「実力は買います。ただ隊長になるにはまだまだ学ばねばなりませんわね」


「その辺りは本人も自覚があるようですぞ。あの一件以来、随分と熱心になりましたから」


「まぁいいとしましょう。ところでゴトハルト、少しお願いがあるのです」


 おじさんは隣にならぶ、隊長の顔を見上げる。

 自然と上目づかいになってしまうのは身長差があるから仕方のないことなのだ。

 

「どのようなことでしょうか?」


「帰りに湯の湧く場所を視察しておきたいのです」


「なるほど。村の反対側でしたか」


「少し帰りが遅くなりますが、いいですか?」


「その程度のことなら問題ありません。お嬢様の望まれるままに」


 歩きながらだが、隊長が左手を右胸にあてる。

 騎士の礼のひとつだ。

 

「では、よろしく頼みましたわよ」


「村に先触れをだして、案内役をつけてもらいましょう」


 隊長の返事を聞いて、大きく首肯するおじさんだった。

 

 おじさんたち一行が村に到着すると、ワッと歓声があがる。

 村長を初めとした村人たちが出迎えをしてくれたのだ。

 コボルトの集落を無事に潰せた、その朗報を知って喜んでいるのがおじさんにもわかる。

 

 そんな村人たちの中から、村長とヨアンニスが前に進みでた。

 ヨアンニスと自警団は、コボルト狩りには随行していない。

 万が一のことを考えて村の防衛をと、おじさんが告げていたのである。

 

「この度はありがとうございます」


 ヨアンニスが丁寧な礼をとる。

 

「民の盾となり、剣となるのが貴族の務め。畏まる必要はありませんわ」


「先触れがあったと思いますが、湯の湧く場所の視察をしたいのです。詳細は後ほどゴトハルトから聞いてくださいな」


「そのようにさせていただきます。では湯の湧く場所までは村長と私が同行いたします」


「お願いしますわね」


 おじさんの笑顔に、村長とヨアンニスの二人は頭を下げるのであった。

 

 村から徒歩で二十分ほどの場所に温泉地はある。

 そこまでの道のりを先導して歩くヨアンニスに、おじさんは声をかけた。

 

「ヨアンニス、毒の木があると聞きましたが、どのようなものですの?」


「葉や枝などに触れると、肌が赤く腫れて痛みを伴うのです。人によっては木の側をとおるだけでも同様の症状がでます」


“ほおん”とおじさんは返答する。

 

「あ、あと!」


 村長の声が裏返った。

 

「村の中では呪いの木とも呼んでいるのでごじゃりましゅる」


 村長の緊張はまったくとけないようである。

 

「呪いの木?」


「うゎたしの祖父の代に村を開いたのですが、しょのときに木を切り倒そうとしたのでしゅ」


「なるほど」


「斧で倒そうとしたら、ぶわっと血がでるように液がでた、と。その液を浴びた者は三日三晩苦しんだので、近づかないようになりましゅた」


 なんだか一気にうさんくさい話になったと思うおじさんである。

 ただまぁここは異世界。

 前世と同じような木であっても、いくらか特徴がちがっていても仕方がない。

 

「ちょうど見てきました。あの木です、お嬢様」


 ヨアンニスが指さしたの薄い灰色のような樹皮の木であった。

 その木におじさんは見覚えがある。

 あの枝についた葉っぱの付き方もそうだ。

 

「漆だったのですか!」


 漆。

 言わずと知れた漆器の原材料となる樹液が採取できる木である。

 

「トリちゃん!」


 おじさんは思わず、使い魔を召喚していた。

 

『主よ、どうしたのだ?』


「トリちゃん、あの木のことは知っていますか?」


『これは貴重なものを。この木の樹液はとても重宝するものだぞ、主!』


「接着剤に防水剤、それに漆器の材料にもなりますわ!」


『よいものを見つけたのである』


「トリちゃん、ついでに温泉の湧出量なんかも調べてきてくださいな」


『うむ。我にまかせよ』


 小鳥の式神を召喚して飛ばす使い魔である。

 

「……お嬢様?」


 ヨアンニスが恐る恐るといった感じで話しかける。


「ああ、この子はわたくしの使い魔のトリちゃんですわ」


 絶句するヨアンニスの肩を隊長が優しく叩く。

 振り返った彼と目をあわせて、隊長は首を静かに横に振るのであった。

“そういうものだと受けいれろ”という諦観の色がうかんでいる。


 察することができたヨアンニスもまた静かに首を縦に振った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る