第198話 おじさん、うどんを食べる


 おじさんの指示に従って、騎士たちがテキパキと動く。

 さすがにこの場所では、コボルトたちの焼けた臭いがキツいのだ。

 そのため大休止をとった場所まで、ひとまず戻ることにした。

 

 その道中、おじさんは何を食べるのか考えていた。

 小鳥の式神をコントロールしながらだが、そのくらいはできる。

 

「お嬢様、どうかなされましたか?」


「麺を作ろうかと考えていたのです」


「麺ですか? お嬢様が手ずからお料理なさる?」


「そのくらいはしてもいいでしょう。ご褒美ですわね」


 本当は騎士たちに任せて、美味しくない料理を食べたくないのだ。

 おじさん、今生では食にこだわっている。


 なぜなら前世で粗食を食べる辛さを嫌というほど味わったからだ。

 だから一食たりとも気を抜きたくないのである。


 野営地での食事なんてものは到底楽しめるものではない。

 なにせ日持ちするように加工された保存食が中心になるからだ。

 しかし、そうした問題もおじさんがいれば別である。

 

 大休止をした場所まで戻ると、すぐさまに魔法で調理場を作ってしまう。

 さらに宝珠次元庫から港町で買いためた食材をだす。

 

 小麦と塩と水。

 この三つだけでできるシンプル料理がうどんである。

 本来ならうどんを作るのには時間がかかってしまう。

 

 小麦粉を練って、寝かせる時間が必要だからだ。

 しかし、である。

 おじさんの錬成魔法にかかれば、いともたやすく生地が完成してしまう。

 

 侍女には野菜や肉類を揚げ物にするようにと指示をだしておくのも忘れない。

 こちらは天ぷらだ。

 もちろん天ぷらの衣はおじさんが作ってしまう。

 

 完成したうどんを茹でる間に、天ぷらを揚げていくおじさんである。

 その様子を見ていた騎士たちから、ゴクリと喉を鳴らす音が聞こえてきた。

 

「お嬢様、こちらの麺はこのくらいの茹で加減でよろしいですか?」


 侍女の手から食べさせてもらうおじさんだ。

 

「わたくしはもう少し柔らかくした方が好みですわね。ただ歯ごたえのある方がいいという人もいるでしょう。その人たちにはちょうどいいかもしれませんわ」


 そう。

 おじさんは讃岐派ではない。

 猫も杓子も麺のコシがというのはちがうと思うのだ。

 

 おじさんは、ちょっと柔いうどんの方が好みだった。

 しかし讃岐派が主流を占めたことで、柔いうどんはダメ的な風潮ができてしまったのだ。

 それで何度も歯がゆい思いをした。

 

 べつに讃岐派を嫌っているわけではない。

 ただコシがなければ、うどんにあらずというのが嫌なのだ。

 コシのあるのも、ないのも同じうどんである。

 

 そしておじさんは、うどんも関西派なだけだ。

 特にキツネは絶対にコシのない方がいい。

 ちなみに社畜時代に食べた博多のごぼう天うどんもお気に入りである。

 

 茹で汁ごと桶に入れられたうどんを運ぶ騎士たち。

 そして、天ぷらが盛られた皿も運ばれていく。

 

 ここで怪しい動きをした者がいた。

 目ざといおじさんじゃなきゃ見逃してしまうほど繊細で、スピーディーな動き。

 だが、それは逆鱗に触れるものだったのだ。

 

「シクステン!」


「にゃひ!」


「あなた、つまみ食いをしましたわね」


「していません!」


 おじさんはっと副長を見る。

 唇がテカテカとしているのだ。

 もはやバレバレである。

 

「もう一度だけ問いますわよ。つまみ食いをしましたわね?」


「き、気のせい……ぶげらっ」


 侍女である。

 電光石火の早業だった。

 シクステンの身体が錐もみしながら飛んでいく。

 

「お嬢様、不埒者は成敗いたしました!」


 おじさんは、うどんつゆを作りながら頷いた。


「シクステンは罰として歩哨に立ちなさい」


「そ、そんなぁ」


 回復の早い副長であった。


「減点とどちらがいいですか? ちなみに減点の場合はそこで見ているだけですわ」


「不肖、シクステン! 歩哨をさせていただきます!」


「よろしい。では、いただきましょうか」


 おじさんは騎士たちにも目配せをする。

 

「食事を作ってくださったお嬢様に感謝を!」


 隊長のかけ声とともに、騎士たちが唱和する。

 それを恨めしそうに見る副長がいた。


「お嬢様、この揚げ物はどのようにしていただくのでしょう?」


 隊長の問いに、おじさんが実践を交えながら答える。


「この麺のつゆにつけて食べるのもいいですわね。塩が添えてあるのでそちらでも。あと、塩の横に添えてある緑の果物の汁をかけるとさっぱりしますわよ」


 おじさん、さっきの山歩きでスダチのような実を見つけていたのだ。

 まろやかな酸味と香気がある。

 肉に野菜に魚の天ぷらにあうのだから、これでいいのだ。

 

「うん、美味しいですわ」


 おじさんが満面の笑みをうかべた。

 小エビをかきあげ風にしたものを、めんつゆで食べたのである。

 

 うどんはパスタレードルもどきで桶からすくいあげる。

 めんつゆの入った椀の中に移してから、ちゅるちゅると食べてみた。

 

「まぁこんなものでしょう」


 百点満点ではない。

 だが、おじさん的に満足のいくものだった。

 

 その様子を見ていた隊長が、恐る恐るおじさんの真似をする。

 公爵領でも麺料理はあるのだ。

 しかし、うどんのようにして食べるものはない。

 

 隊長が動いたことで、騎士たちも動く。

 その動きは最初こそぎこちないものだったが、次第に素早くなっていった。

 最後にはもう取り合いである。

 

「ああ! オレの分が、オレの分が!」


 情けない声をだす副長用に、おじさんはこっそりと保存食セットを用意するのであった。

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