第197話 おじさんコボルトの集落を潰すのを見学する


 おじさんは小鳥の式神を飛ばして、状況を確認する。

 あのコボルトたちは、どこかで騎士たちの存在に気づいたのだろう。

 それで様子を見にきたといったところか。

 

 しかし、と思う。

 侍女にあんな一面があったとは知らなかった。

 おじさんにとっては優しいお姉さん的な存在だったのだ。


 だからと言って、おじさんと侍女の関係性が変わるわけではない。

 あの狂戦士バーサーカーぶりも、彼女の持つ一面でしかないのだから。


 そんなことよりも、おじさんが気になったのは二つ名である。

 血塗の乙女スカーレット・メイデン

 なんともおじさんの心をくすぐる響きなのだ。

 格好いいとおじさんは思ったのだ。


 自分に二つ名がつくとしたら、どんなものだろうか。

 なんとなく想像するだけで、ワクワクしてくる。


 

 寄せてきたコボルトは十体に満たなかった。

 その内の半数以上を、怒り狂った侍女が虐殺してしまう。 

 残りをシクステンが討伐をした。

 

 なかなか見事な動きである。

 獣人族ビストの血を引くだけのことはあった。

 素の身体能力が高いのだ。

 

 その身体能力をいかして、コボルトを翻弄していた。

 多数対一の状況でも、余裕をもった立ち回りだ。

 言うだけのことはある、とおじさんは思う。

 だが、ここで安易に褒めるのはよくない気もするのだ。

 

 おじさんがそんなことを考えている間に、隊長はすでに隊をまとめていた。

 

「予定を変更する。コボルトどもに逃げられては面倒だ。急襲するぞ!」


“おう”と勇ましく返答する騎士たちである。

 おじさんは騎士たちではなく、侍女にむかって声をかけた。

 

「おつかれさまでした」


「そんな! もったいのうございます」


 言いながらも、どこかよそよそしさを感じてしまう。

 やはり先ほどのことを気にしているのだろう。

 それを察したおじさんは、やらわかい笑みを見せた。

 

「なにも気にする必要はありませんわ。わたくしにとってあなたは……」 


 ぐぃと身を近づけて、耳元で囁くようにおじさんは言う。

 

「姉のような存在なのですから」


 ねぎらいの言葉に侍女はほんのりと頬を染めた。

 そして、花がほころぶように表情をくずす。

 

 そんな侍女を見て、おじさんは指をスナップさせる。

 清浄化の魔法を使ったのだ。

 血塗れの侍女の周囲に光の霧があらわれる。

 それは一瞬だったが、侍女の返り血がきれいさっぱりなくなっていた。

 

「さぁ、わたくしたちも行きますわよ」


「……お嬢様、今の魔法は?」


「清浄化の魔法ですわ」


「清浄化……」


「トリちゃんに教えてもらいましたの。どうしても入浴できないときがあるでしょう? そうしたときに便利な魔法を教えてくださいなってお願いしたのですわ」


「……私でも使えますか?」


 懇願するような目つきの侍女にむかっておじさんは苦笑する。

 

「あとで術式を教えてさしあげますわ」


「ありがとうございます!」


 ちらりとおじさんは女性騎士たちを見る。


「かしこまりした」


 それだけで侍女はおじさんの意図を察した。

 ツーと言えばカーなのだ。

 いやこの場合はアイコンタクトか。

 

 大休止をとった場所から、コボルトの集落までおよそ三十分強。

 これまでよりも行進の速度をあげた結果である。


 コボルトの集落は洞窟の中にあった。

 ただ洞窟の周辺は開けていて、入り口周辺をウロつくコボルトがいる。


「お嬢様、では行ってまいります」


「ゴトハルト、存分に」


 一礼して顔をあげた隊長の顔はやる気に充ちていた。

 

 隊長が手を振って合図をだす。

 すると弓が使える者たちが、洞窟の入り口でウロつくコボルトに狙いをつけて矢を放つ。

 十体のコボルトが声を出すこともなく絶命した。

 

 ヘッドショットを決めたのだ。

 その手並みの鮮やかさに、おじさんは何度も頷いてしまう。

 

 コボルトが倒れたことを確認して、別の者だちが生木を入り口前に手早く集めた。

 魔法で火をつける。

 もうもうと立つ煙を、洞窟内に魔法で送りこんでいく。

 

「きゃんきゃんお、きゃんきゃんお」


 なんとも緊迫感のない鳴き声だ。

 黒くつぶらな目から涙を流し、コボルトたちが洞窟からでてくる。

 そこを急襲するという鬼畜な戦法だ。

 

「コボルトは人間を攫ったりしませんの?」


 おじさんは侍女に問う。

 

「あの駄犬どもは人間を襲いますが、攫いはしません」


 次から次へとでてくるコボルトたち。

 一刀で切り捨てられては、またでてくる。

 なんだかおじさんはレトロなゲームのボーナスステージを思いだしてしまった。

 

 ほどなくしてコボルトたちがでてこなくなる。

 少し待ってみたが、姿が見えない。

 

 切り捨てたコボルトたちの死体をすべて洞窟内に放りこむ。 

 そこで隊長が魔法を使った。

 

 大きな大きな火球である。

 その火球を洞窟内に撃ちこんだのだ。

 

「総員、退避! 退避!」


 副長が声をかけて、騎士たちを退かせる。

 その直後に、轟音が轟いた。

 洞窟の入り口から、炎が噴きだす。

 

「派手にやりましたわね」


「あの御仁にしては珍しいですわ」


 侍女の言葉は正鵠を得ていた。

 隊長、おじさんの前なので張り切っていたのだ。


 それがあの魔法につながった。

 明らかに過剰な魔法である。

 

 洞窟の入り口付近が、音を立てて崩れていく。

 これで他の魔物が再利用することもないだろう。


「お嬢様、コボルトの討伐を完了いたしました!」


 隊長の言葉に、おじさんは大きく頷いた。

 

「ご苦労様でした、ゴトハルト。皆もよくがんばりましたね。お見事ですわ!」


 護衛騎士の面々は膝をつきこうべをたれる。

 

「さぁ凱旋ですわよ」


 そのタイミングで騎士たちの腹の虫が目を覚ましたようだ。

 朝から出発して、ちょうど昼食時である。


「……その前に。食事にしましょうか?」


 騎士たちは一様にはにかむような笑顔を見せるのであった。


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