第196話 おじさん侍女がぶち切れるのを初めて見る


 おじさんと侍女の二人は隊列の中央にいる。

 さっきから飛び跳ねたり、魔法を使ったりと自由にしているおじさんたちだ。

 

 騎士たちは、なぜこんなに元気なのだ、と思う。

 鎧をつけている、つけていないはある。

 だが普段から鍛えている自分たちでも厳しいのに、と。

 

 その秘密は身体強化にある。

 身体強化の魔法は魔力を喰う。

 なので戦闘時には使っても平時には使わないものなのだ。

 

 だが常に身体強化を使えるほど、おじさんの側付き侍女は手練れである。

 そうでなければ側付きなど務まらない。

 

 加えて、おじさんと侍女が羽織っているマントだ。

 空調の機能が付与されているため、暑さにやられることがない。

 さらには虫除けの効果までついている。

 

 実はおじさん領都からの移動中に、こっそりと作っていたのだ。

 とは言え、素材の量からして全員分を作ることができなかった。


 ゴトハルトにシクステンの二人はそれを知って断ったのだ。

 部下の手前、自分たちだけが楽をすることはできない、と。


 一方はすがすがしい顔で、もう一方は苦虫をかみ砕いたような顔で。 

 おじさんは彼らの気持ちを受けとり、全員分を揃えてから配布することにしたのだ。


「大休止!」


 小休止を二回ほどとったあとの大休止。

 森の中でも少し開けた場所になっている。

 歩哨に立つ者、斥候にでる者、休息する者とわかれる。

 

「お嬢様、お茶でもいかがですか?」


“そうですわね”とおじさんは思考する。


「ゴトハルト、飲み物を配ってもよろしいですの?」


 隊長は思わず、苦笑いをしてしまった。

 おじさんの考えがわかったからである。

 

「お手数をおかけしますが、お願いできますでしょうか?」


 その言葉にしっかりと頷くおじさんである。

 宝珠次元庫から炭酸水が湧きだす樽を取りだす。

 

「レモンスカッシュを配ってさしあげて」


 おじさんの言葉に、騎士たちがゴクリと喉を鳴らした。

 甘く、酸っぱく、清涼感のある味を思いだしたからである。

 

 タルタラッカで購入した木製の杯が大活躍だ。

 騎士たちは人心地つく。

 

 おじさんの周囲は女性の騎士たちが囲んでいる。 

 自然と親衛隊的な立ち位置を確保したようだ。

 

 そこに斥候にでたものが、息せき切って戻ってくる。


「接敵! 各員戦闘態勢っ!」


「わんわんお、わんわんお!」


 子犬のような愛らしい鳴き声だ。

 おじさんは思った。

 コボルトの鳴き声がかわいい、と。

 

 だが、姿を見せたコボルトを見て絶句してしまう。

 

 チワワ的な目がくりっとした愛玩犬のような頭部はいい。

 だが問題はその下である。


 人の身体を持つとは聞いていた。

 おじさん的には毛むくじゃらな感じをイメージしたのだ。

 だが、そのまんまなのである。


 だらしのない中年男性の身体にチワワの頭部を持つ魔物。

 それがコボルトである。

 ちなみに下半身も丸出しだ。

 

 というか森の中で生活するのに、不便ではないのだろうか。

 体毛が薄いのは弱点でしかないと、おじさんは思うのだ。

 

 いやそれも魔物ゆえなのだろうか。

 それとも換毛期かなにかなのか。

 

「わんわんお、わんわんお」


 おじさんが絶句するのと同時に、激怒した者がいた。

 侍女である。

 

「駄犬どもがっ! 私のお嬢様になんてものを! 殺す殺す殺す!」


 魔力が膨れ上がる。

 次の瞬間、侍女は飛びだしていた。

 全力の身体強化で、音を飛び越えるような速度で接敵する。

 

「オらぁ!」


 至近距離からのリバーブロー。

 どひゅと音がして、コボルトの身体に拳が突き刺さる。

 かまわず拳を振り抜く侍女だ。

 

「わん……わん……お……」


「きさまら皆殺しだ、ゴるぁ!」


 まき散らしてはいけないものの中で、深紅に染まった侍女が仁王立ちで叫ぶ。

 その迫力に敵も味方も、一瞬だが呆気にとられてしまった。

 

「よそ見してんじゃねえ、死ねっ!」


 侍女の飛び膝蹴りが別のコボルトの頭部を砕く。


「……血塗の乙女スカーレット・メイデン


 女性騎士の一人が呟く。

 それは侍女がいた頃の二つ名である。


「嘘でしょ……侍女になっていたなんて」


 暴風のような侍女の動きに、騎士たちはついていけない。

 恐ろしく速く、強い。

 そして圧倒的な暴威。

 

「なにを呆けてンだ! 周辺を確認しろっ! コボルトの動きを掴め!」


 副長であるシクステンの声が飛んだ。

 

「副長、彼女の援護は?」


「近づくな」


「コボルトの動きはわかっていますわ!」


「お嬢様っ!」


 女性騎士たちが近くにいたおじさんに顔をむける


「わたくしから見て、右手側に一団が迫っていますわね。ただし少数なので偵察でしょう」


「隊長に報告」


「了解っ!」


「さて、お嬢様。オレが口ばっかりじゃないとこ、見ててくださいよ」


 シクステンは不適な笑みをうかべて、接敵してくるコボルトにむかって走った。

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