第195話 おじさん山歩きでも自重しない


 おじさん温泉地を偵察していただけではない。

 しっかりとコボルトの集落も発見していた。

 

 森の中にある洞窟に集落を作っていたのだ。

 場所は温泉地から逆方向に徒歩でおよそ三時間ほど離れている。

 

 コボルトは単体で見れば、さほど強い魔物ではない。

 ただ犬としての性質が強いのか。

 集団になると連携をとってきて厄介なのだ。

 

 発見した集落は、さほど大きなものではなかった。

 トリスメギストスが確認したところ、およそ七十体ほどである。

 その内、戦闘ができそうな個体が四十程度。

 

 さすがに少数の騎士と自警団では厳しいだろう。

 応援を呼んだのは正しい判断だと言える。

 

 応援にきたおじさんの護衛騎士たちは三十前後であるため、十分に勝算がある。

 なにせ騎士たちの実力からすれば、コボルト相手であれば数体を相手取れるからだ。

 

『主よ、地図はできたか?』


「ばっちりですわ。あとはゴトハルトたちに任せましょう」


『うむ。主が魔法を使えば一瞬で終わるがな』


「それはできませんわ」


『うむ。他に大物が隠れていそうな雰囲気もない。まぁ楽勝であろうな』


「油断はできませんわ」


 その夜、おじさんはトリスメギストスと遅くまで温泉宿計画を練るのであった。

 

 明けて翌日のことである。

 おじさんが準備を終えて、天幕に顔をみせた。


 長い髪をすっきりとまとめたパンツスタイルである。

 肩からはダンジョン講習のときに着用していたサグムと似た形状のマントをかけていた。

 姫将軍的な出で立ちだ。

 

 朝の挨拶を交わしつつ、おじさんは上座に座る。

 

「ゴトハルト、こちらがコボルトの集落までの地図ですわ」


 おじさんは優雅にお茶を飲みながら、一枚の紙を隊長に差しだす。

 

 詳細に描かれた地図に隊長は息をのむ。

 いつの間に、とはいう言葉は喉まででかかった。

 だがおじさんのすることなのだ。

 

「ありがたく」


 すぐさま地図に目を落として作戦を立てていく。

 隊長からの提案におじさんは、何も言うことなく頷くだけであった。

 

 一通りの作戦が決まった後で、隊長が最前から感じていた疑問を口にする。

 

「お嬢様も同行されるのですか?」

 

「万が一のことがあってはいけませんわ。それにわたくしが責任者ですもの。現場にも赴きます」


「ですが……随分と山を歩くことになりますぞ」


「承知の上です。わたくし、そこまでヤワではありませんわ」


 自信満々なおじさんを見て、隊長は侍女に目をやる。

 

「あなたも同行を?」


「私、お嬢様のですから」


 侍女も今日はスカートではなく、パンツスタイルだ。


 ふぅと息を吐きだして、隊長は侍女を見た。


「ついてこれないのなら、置いていくことになりますぞ」


「承知しております。これでも軍務閥の出身ですから」


 かくして、おじさんたちはコボルトの討伐にでるのであった。


 山中を歩く。

 初夏の陽射しは容赦なく体力を奪っていく。


 特に騎士たちは、鎧まで身につけているのだ。

 さすがに行軍速度が遅くなる金属鎧ではなく革鎧だが。


 幾分かマシであったとしても、汗をかけば蒸れる。

 整地されていない山道は歩きにくい。

 それが余計に不快感を募らせる。

 

「あら? ビワですわね」


 おじさんはトンと跳びあがる。

 その跳躍力がおかしい。

 

 エアウォークでもしているようだ。

 オレンジ色をした実をいくつか手にとって華麗に着地した。

 

 水の魔法で軽く洗って、皮をむいて食べるおじさんである。

 優しい甘さが口に広がった。

 

「食べてみますか?」


 おじさんに同行する侍女にも渡す。

 侍女もおじさんがしたように魔法で洗ってから皮をむく。

 かぷりと一口、かじってみる侍女である。


「……お嬢様、渋うございます」


 顔をしかめる侍女。


「あら? そうでしたか? ではこちらを」


 もうひとつ熟れたものを渡すと、今度は渋くなかったようだ。

 

「ほのかな酸味と淡い甘みがいいですね」


「でしょう?」


 悲壮感のある騎士たちとは、まるでちがう。

 楽しいハイキングのような二人である。


 騎士たちがおかしいのではない。

 なんだかんだでおじさんの周囲にいる人物がおかしいのだ。

 

「お嬢様、あちらにはボイセンベリーがなっていますわ!」


 ブドウの一房を小さくしたようなベリーだ。

 集合体恐怖症の人が見れば、少しグロテスクかもしれない。


「まだ色が薄いですわね。もう少し熟した方が酸味がなくなるのです」


 おじさんの前世での愛読書は、食べられる野草が載ったものであった。

 食に不自由をしていたのだ。

 図書室で貪るように読み、実戦で鍛えてきた記憶がある。

 

「すっぱああああい!」


「だから言ったでしょう? でもジャムにするにはいいかもしれませんわね。少し摘んでいきましょうか」


 魔法を発動して、ボイセンベリーを収穫するおじさんである。

 こんなに自由にしているのに、隊列から遅れることはない。


 その姿を見て、騎士たちは思う。

“うちのお嬢様たちはおかしくないか?”と。

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